本・エンタメ

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2007/10/01

寝るに寝られない、「枕」の話!?

え〜、倹約ということは大変結構なことですが、この倹約が高じますと吝嗇となります。こうなりますってぇと、もう出すものは袖から手ぇ出すのもイヤだなんてんで━!

ご存知のように、落語には本題の噺の前に「まくら()」というものがある。
落語でいう「まくら」とは、いきなり本題に入らずに世間話のようなおしゃべりをしながら、本題の予備知識を与えたりして、お客を自分の懐の中へ取り込んでいく噺家の大切な下準備のようなもので━。

音楽でいえばイントロのような、そうヴァース(序奏部)のようなものである。が、ジャズなどのヴァースは省略されることが多いが、落語での、というより噺家にとっての「まくら」は前述のように大事である。

聞く我々にとっても、この「まくら」は実は楽しみで、話好きのおじさんの時事のこき下ろしであったり、皮肉であったり、悪口であったりの、まったく具にもならない世間話が実に心地いい。酸いも甘いも心得た噺家の手のひらに乗せられて、ころころ転がされてる気の置けない気持ちよさとでもいうんだろうか。
だから噺家が若いとこうはいかない。そりゃあ、聞いてる我々のほうが長く生きていていろいろ知って経験しているんだから、通り一遍の世間話じゃあ面白がらない。


冒頭の倹約だの、吝嗇だのといっているのは、志ん生の「黄金餅」という話の「まくら」である。
「黄金餅」というのはケチでコツコツと小金を溜めていたその日暮らしの坊主が死んで、その隣の男が弔いを仕切ってあげ、その坊主の残した金で餅屋を開くという噺である。 その噺に入る前にケチにまつわるあれこれを面白おかしく話しているのである。

こういう人は息だって吐きたかぁ無いんです、本当は━でも出さないでいると苦しいから、少ぉ〜し出しておこうなんてんで!
トゲなんぞ刺さっても抜きませんな!身に入ったんだなんてんで━

こんなことを客を相手に雑談のようにしながら、いつの間にか噺に入っていく。

さっき本題の噺の前に「まくら」は必ずあるようなことをいったが、実はそうでもない。いきなり噺に入ってしまうことも無いこともない。





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