本・エンタメ

2007/10/19

このオペラを見よう! 第4回 日生オペラ『 カプレーティとモンテッキ 』

今回のお題は、「カプレーティとモンテッキ」。
聞きなれない人も多いであろうが、世界で最も有名な恋愛悲劇「ロメオとジュリエット」の話である。

「ロメオとジュリエット」と言えば、もちろんシェークスピアが書いた名作が有名である。しかし、この話はシェークスピアの創作ではなく、イタリアの古都ヴェローナで古くから伝わる実話を戯曲にしたもの。さて、この「カプレーティとモンテッキ」はシェークスピアの創作とは関係なく、ヴェローナに伝わる伝説をフェリーチェ・ロマーノが台本にした。グノーの名作オペラ「ロメオとジュリエット」(1867年初演)は、シェークスピアの戯曲を元にしているので、まったく別のものである。登場人物や全体の流れは同じであるが、細かいシチュエーション等は違うところも多く、かの有名なジュリエットのバルコニーも出てこない。ちなみに「カプレーティとモンテッキ」というのは、ジュリエットとロメオそれぞれの家の名前。ヴェローナを支配する2つの家、教皇派のカプレーティ家と皇帝派のモンテッキ家の権力抗争が物語の軸となる。

      ヴェローナの中心地にあるジュリエットの家の中庭に佇むジュリエットの像

作曲はベルカント・オペラの代表的な作曲家ベッリーニ。ヴィンチェンツォ・ベッリーニは1801年にシチリア島カターニャの音楽一家に生まれた。幼少の頃から天才と言われ、わずか25歳の時に名門ナポリ・サンカルロ劇場から新作委嘱を受け、2作目「ビアンカとフェルナンド」を書いた。そして、6作目に書かれたのが「このカプレーティとモンテッキ」で、1830年にヴェネツィアのフェニーチェ劇場で初演され、大成功を収めた。その後、「夢遊病の女」「ノルマ」とオペラ史上に残る傑作を立て続けに書き、10作目の「清教徒」を書いた年に、わずか33歳の若さで病気のため死んでしまった。
ベッリーニの最大の特徴は、美しく流れるような旋律で、“カターニャの白鳥”とも言われている。後世のショパン、ベルリオーズ、ワグナーらが彼の才能を惜しみ、賛辞の言葉を惜しまなかった。また、当時の常識であったオペラ・ブッファは1作も書かず、悲劇と抒情劇だけを残した。

      カターニャのオペラハウスは、ベッリーニ劇場という名前が付けられている

さて簡単なストーリーを。
舞台は13世紀のヴェローナ。カプレーティ家の当主カペッリオ(バス)は、息子をモンテッキ家のロメオ(メッツォ・ソプラノ、通常女性がズボン役として出る)に殺され復讐を誓っている。そして、娘のジュリエッタ(ソプラノ)がロメオと愛し合っていること知りながら、無理やり騎士テバルト(テノール)と結婚させようとしている。ロメオは両家の平和のためにジュリエッタの夫となり、あなたの息子になりましょう、と言うが、カペッリオは認めない。そして、家と父を捨てることが出来ないジュリエッタとテバルトの祝宴の中、ロメオがモンテッキ家と仲間と一緒に乗り込み、戦いとなる。 
ジュリエッタは、カプレーティ家の医師ロレンツォ(バス)から、ロメオと結ばれるために仮死状態になる薬をもらい飲み干す。カペッリオは倒れた娘に驚くが、ロレンツォを疑い、彼の外出を禁止する。ロメオはロレンツォを待っているが、テバルトと遭遇して決闘になろうとした時、ジュリエッタの死を告げる葬送の歌が聞こえてくる。ロレンツォが外出できないために本当はジュリエッタが仮死状態であることを知らないロメオは、ジュリエッタの棺の前で毒薬を煽ってしまう。ちょうどその時ジュリエッタが眼を覚まし、絶望し、ロメオの剣を胸に刺してしまう。
その場に駆けつけた両家の人々に対してカペッリオが、“誰の仕業だ!”というと、皆は“それは、おまえだ!”と答え、幕となる。

       ベッリーニ劇場外観





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