ザルツブルク音楽祭2008 第2回 ドン・ジョヴァンニ
今週は、モーツァルトの最高傑作の1つ、「ドン・ジョヴァンニ」の新演出を。
>> 「ザルツブルク音楽祭2008」 前回の記事
1. カラヤン生誕100周年記念
ウィーンフィル x リッカルド・ムーティ 「ドイツ・レクイエム」
1. カラヤン生誕100周年記念
ウィーンフィル x リッカルド・ムーティ 「ドイツ・レクイエム」
© Monika Rittershaus
「ドン・ジョヴァンニ」とは、スペインの稀代のプレイボーイ「ドン・ファン」のイタリア語。モーツァルトの前作「フィガロの結婚」がウィーンの初演で失敗に終わったが、約半年後のプラハでの上演はセンセーショナルな成功を収め、熱狂的に受け入れられた。そして、そのプラハから次のオペラを依頼され、書いたのがこの「ドン・ジョヴァンニ」である。
モーツァルトと台本を書いたダ・ポンテは、「フィガロの結婚」を上回る大成功を手にした。同作は「フィガロの結婚」とは逆順に、プラハ初演の半年後にモーツァルトが改訂版を書き、ウィーンで上演されたが、これも失敗に終わってしまった。
現在ではオペラ史上の金字塔と言われるほどの名作が2作品ともウィーンで失敗に終わった原因は昔からいろいろと言われている。「貴族を愚弄するような内容だったので、当局の邪魔が入った」、「ライヴァルのサリエリ一派が邪魔をした」、「当時のウィーンの人たちには音楽が斬新すぎた」、「当時のウィーンでオペラ・ブッファ(喜歌劇)は人気が無かった」、などなど。いずれにしてもこの2作品が今日頻繁に上演されているのは、我々にとって本当に幸せなことで、18世紀のプラハの人たちに感謝をしなければならない。
「ドン・ジョヴァンニ」は、2006年に祝祭小劇場を全面的に改装
してつくったモーツァルトハウスで上演された。ここがその入口
してつくったモーツァルトハウスで上演された。ここがその入口
ザルツブルク音楽祭は、毎年モーツァルトの作品が大きな柱になっているので、当然のことながらこの「ドン・ジョヴァンニ」も過去に数多くの名舞台が上演されてきた。またこの作品は、いろいろな解釈がしやすいことから、賛否両論あるような舞台も多かった。
例えば2006年のモーツァルトイヤーまで上演されていたプロダクションは、さながら下着のファッションショーのように下着姿の女性たちが舞台を闊歩するもので、最後ドン・ジョヴァンニの地獄落ちのシーンは騎士長に連れて行かれるのではなく、同性愛のパートナーのレポレッロに刺されて死んでいくという非常にショッキングな舞台だった。その1つ前のプロダクションは、地獄落ちのシーンで、大きな張りぼての騎士長の首がゴロンと舞台に落ちてくるという演出だった。
ウィーン初演版をベースにした 「ドン・ジョヴァンニ」
さて、今年の「ドン・ジョヴァンニ」だが、普段我々が聞き慣れている「ドン・ジョヴァンニ」の音楽ではなかった。それもそのはず、今日全世界で上演されているプラハ初演版ではなく、ウィーン初演版をベースにしたものだったのだ。私が気づいた主な箇所を列記しておこう。
まず1幕のオッターヴィオのアリア「彼女こそ私の宝」は、通常2幕で歌われることの多い「私の恋人を慰めて」に換えられ、「彼女こそ私の宝」は歌われない。チェンバロ伴奏によるレチタティーヴォが非常に多くなっていて、しかも装飾音が多く派手できらびやかなものが多い。地獄落ちの後の6重唱はモーツァルトがそうしたように、全面的にカット。そして最大の違いは、2幕のレポレッロがオッターヴィオたちに捕まって糾弾される6重唱の後、レポレッロは逃げたりせず、ツェルリーナの2重唱をするのだ。不勉強で申し訳ないが、この2重唱は私にとってまったく初めて聞くものだった。
祝祭劇場からホーエンザルツブルク城を望む





