本・エンタメ

2008/07/18

テューリンゲン、ザクセンの旅 第5回 ライプツィヒ

今週はライプツィヒゆかりのメンデルスゾーンとシューマンという2人の偉大なロマン派の作曲家を!

今週はいよいよバッハの最後の地、ライプツィヒ。しかし、バッハの前に、ライプツィヒに功績を残したメンデルスゾーン、シューマンという同時代の作曲家について書こうと思う。また、2人ともオペラも作曲したが、ともに現代では上演されることはほとんどなく、オペラ作曲家として成功したとは言えない。

まず、フェリックス・メンデルスゾーン。日本では「ヴァイオリン協奏曲」、「夏の夜の夢」序曲(特にその中の結婚行進曲)などは万人が知っている有名な曲だが、クラシック・ファン以外にはあまり馴染みがある作曲家とは言えないかも知れないので、その人物の概略を。 

モーツァルト同様早熟の天才で、若い頃の逸話には事欠かないほど。1809年のハンブルク、ブルジョア階級で裕福な銀行家の父、実家がベルリン有数の大金持ちの母、そして両親ともにユダヤ人の家系に生まれた。しかし当時、ユダヤ人は迫害されていたので、父はプロテスタントに改宗、メンデルスゾーンもプロテスタントの洗礼を受けた。古今東西の後世に名を残している作曲家の中でも彼ほど裕福な家庭に生まれ、何不自由なく育った人はいないであろう。しかもスマートでハンサムでもあった。彼は音楽だけでなく、幅広いジャンルに才能を発揮し、多数の言語を操り、特に絵画は一流画家の絵と言われても不思議ではないほどである。そして、素晴らしい記憶力を持っていて、それは音楽の世界でも遺憾なく発揮された。

また、彼は自分の作品を残した以外にも彼は数々の偉大な功績を残している。その中でも有名なものはバッハの最高傑作とも言われる「マタイ受難曲」を復活させたこと。バッハの死後1度も演奏されることの無かったこの曲を1829年に弱冠20歳のメンデルスゾーンがベルリンで公演を行ったのである。そして、このことが後世のバッハの再評価へと繋がっていった。1843年には世界初のバッハ像をトーマス教会の横に造ったのもメンデルスゾーンである。
世界最古の市民オーケストラ、ライプツィヒのゲヴァントハウス管弦楽団の5代目の指揮者になり、専属の指揮者という地位を確立し、現代の指揮法の基礎を作ったのも彼である。また、楽団員の生活を守るために給与のアップ、年金制度の導入など、オーケストラに革命をもたらした。さらには、ライプツィヒにドイツ最古の音楽学校を作り、音楽家の育成にも大きく寄与した。現在使われている白い指揮棒を使い始めたのもメンデルスゾーンである。 

ライプツィヒにあるメンデルスゾーン・ハウス(博物館)は、1847年、38歳という若さで死んでしまった最後の家を改修して造られた。


メンデルスゾーンが基礎を築いたゲヴァントハウスの本拠地


トーマス教会横にあるメンデルスゾーンが建てた世界初のバッハ像


メンデルスゾーンハウス外観


メンデルスゾーンハウス中庭では若い音楽家たちによるコンサートが定期的に
開かれている。






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