本・エンタメ

2008/05/16

イタリア・オペラ日記 第3回 東リヴィエラ海岸とプッチーニ巡礼

 翌日は、一路ボローニャを目指したが、この日のテーマはプッチーニ巡礼。まずはティレニア海のリゾート地、ヴィアレッジョ。プッチーニが最晩年に住んだ家があり、トゥーランドットの大部分もこの家で書いた。現在、人が住んでいるために中に入ることは出来ないが、敷地は広大で、レンガ塀の中の建物はかなりの豪邸。プッチーニが非常に気に入っていたという家を偲ぶことができる。そしてトーレ・デル・ラーゴ。2006年の夏、有名なプッチーニ・フェスティヴァルへ三枝成彰のオペラ「ジュニア・バタフライ」が上演された。私は六本木男声合唱団のメンバーと一緒にコーラスとして出演したのだが、いろいろなことが走馬灯のように思い出された。現在、旧劇場の横に新しい野外劇場の建設が急ピッチで進められていたが、あそこまで出来ていればおそらく今年の夏には間に合うであろう。そして、そのすぐ横に建つプッチーニ邸。ここはプッチーニ博物館として公開されているが、当日はあいにく定休日である月曜日だった。しかし私は諦めず、当博物館の持ち主であるプッチーニのお孫さんにあたるシモネッタさんにぜひ開けて欲しいとお願いをしたところ、我々だけのために特別に開けて頂き、感謝感激であった。この邸宅には家の中に霊廟が造られ、そこにプッチーニが眠っているだけでなく、遺品や思い出の品が展示されている。そして、写真が一般的になりつつあった時代の人なので、数多くの写真も飾られていて楽しい。

 それから廻ったのはプッチーニの生まれた町ルッカ。全長4kmの城壁に囲まれ、今も中世の面影が残る美しい町である。残念ながらプッチーニの生家は数年前から修復中となっていて、残念ながら今も開場していなかった。私はプッチーニ生誕150周年の今年にはきっと再開場するであろうと踏んでいたのだが、工事も一向に進んでいないようなので、いつ開場するかはまったく分からない。しかしながら、もちろんドゥオーモやその中にあるプッチーニ家が代々オルガニストを務めた素晴らしいパイプオルガンなどは見学した。

 そして最後にはピサへ。時間もなかったのでかの有名な斜塔を外から見学しただけだったが、とにかくすさまじい人の多さで、辟易とさせられた。聞くと港に大型客船が着いた直後だったらしく、納得。またピサと言えば、プッチーニが18歳の時にルッカから歩いてピサまで行き、ヴェルディの「アイーダ」を見てオペラ作曲家になる決心をした町でもある。蛇足になるが、日本ではピサ(Pisa)と言われているが、現地の人たちはピザと言っている。しかし、日本でピザと言えばやはり宅配で有名なあの食べるピザが一般的であろう。一方、その食べるピザのスペルは“Pizza”なので、正確にはピッツァとなる。イタリアのレストランでPizzaを注文する時に「ピザ、ペルファヴォーレ」と言うと、通常はピザの町のことを指すのでご注意を。大人の出来る男はぜひ”ピッツァ”と発音しよう!

 ボローニャの「ノルマ」の初日の模様まで書くつもりだったが、長くなってしまったので、また来週に。


ピアレッジョのプッチーニの家 門構えにオリエンタリズムが感じられる


トーレ・デル・ラーゴに建設中のプッチーニ・フェスティヴァルの新劇場


ルッカのドゥオーモ


ルッカのオペラハウス ジーリョ劇場


ルッカのサン・ミケーレ・イン・フォーロ教会 プッチーニはここの聖歌隊で歌っていた


ルッカのプッチーニ銅像と正面奥の建物がいつまでも工事中なプッチーニの生家





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