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2008/05/02

イタリア・オペラ日記 第1回 ミラノ〜サンタガタ

今週からはイタリア最新レポートを。まずはスカラ座の「マクベス」からヴェルディ巡礼まで。

4月23日よりオペラツアーの添乗員兼オペラ解説者としてイタリアに出張中。ミラノ、ピアチェンツァ、ロンコレ、ブッセート、サンタガタ、パルマ、モデナ、チンクエテッレ、サンタマルゲリータ、ポルトフィーノ、ジェノヴァ、ヴィアレッジョ、トーレ・デル・ラーゴ、ルッカ、ピサ、ボローニャと廻り、今日はこれから最後の目的地、フィレンツェへ。鋭い方は気づいたであろうが、単にオペラハウスを廻るだけでなく、ヴェルディやプッチーニの足跡を辿ったり、リゾート地を訪ねたりとそれはもう盛りだくさんな内容。しかもパヴァロッティの墓にも参拝してきた。こんなツアーはどこを探してもないであろう。順を追ってレポートして行こうと思う。

 最初の目的地ミラノの最大の目的は、もちろんスカラ座である。プログラムは、ヴェルディの「マクベス」。大野和士が日本人として初めてオペラの殿堂スカラ座でヴェルディを振るとあって、地元でも話題になっていた。しかも大野としては昨シーズンにも先々週のコラムでも紹介したショスタコヴィチの傑作「ムツェンスク郡のマクベス夫人」を振っており、スカラ座に2シーズン続けて登場するという快挙を達成した。

 当日4月24日は楽日にあたり、すべての歌手、スタッフに気合が入り、かつ舞台に慣れてきたこともあって、かなりの好演となった。このプロダクションは97年−98年シーズンにリッカルド・ムーティが満を持して持ってきたグラハム・ヴィックの演出によるものの再演。この公演が本当に素晴らしかっただけに、大野和士を始めすべてのスタッフは常にこの公演と比較され、97年の亡霊に悩まされたことであろう。しかし、私としては、見事にその亡霊を撥ね返したと思う。
まずタイトルロールは世界一のヴェルディ・バリトン、レオ・ヌッチ。実はこの「マクベス」の直前に食中毒になってしまい、初日は1幕で降板して2幕から代役を立て、その後も何回か休まざるを得なかったらしい。しかし、体調が復活してからはもちろん舞台に復帰し、当夜もそれは見事な出来であった。そして、マクベス夫人はヴィオレタ・ウルマーナ。世界的なメッツォ・ソプラノだったにもかかわらず、ドラマティック・ソプラノへと華麗なる転身を遂げ、この難役も完全に自分のものにしていた。バンクォーのイルダール・アブドラザコフはロシアの若きバスだが、堂々とヌッチと渡り合っていた。マクダフは、ヴァルテル・フラッカーロ。得意の役だけあって、アクート(高音)を会場中に響かせていた。もちろんオーケストラや合唱はいつもの通り万全で、他のオペラハウスでは決して真似の出来ない味わいを出していた。
 という具合にキャストは素晴らしかったが、気になったのは客席である。ムーティが絶対君主だったころのような客席とステージが一体となってオペラを作り上げるという緊張感は希薄で、ありえないところで拍手が起こり、後奏が終わっていないのに拍手でオケの音を掻き消してしまうというありさま。もちろん一方的に悪いということではないが、これでは天下のスカラ座が他の劇場と同じになってしまっていて個人的には非常に嘆かわしい。




ヴェルディが眠る憩いの家の前のヴェルディ像

























ダヴィンチの傑作「最後の晩餐」のあるサンタ・マリア・デッレ・グラーツィエ教会

























スカラ座夜景







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