本・エンタメ

2007/12/07

ウィーンの音楽事情 第1回

ミラノ、パリ、ベルリン、NY、ザルツブルクと音楽都市を紹介してきたが、やはり世界一の“音楽の都”を書かない訳にはいかないであろう。ということで今週はウィーン編。

ウィーンは“音楽の都”として名高いが、決してそれだけではなく、他にも有名なものがたくさんある。例えば、300年以上の歴史を誇るカフェ。ウィンナー・コーヒーという飲み物は存在しないが、ウィーンっ子たちはエスプレッソにミルクと泡を加えたメランジュというコーヒーを毎日のように飲んでいる。そして、ザッハートルテに代表されるケーキなども良く食べる。そしてレストランもヨーロッパの中央に位置する場所柄、チェコ、ハンガリー、ユーゴなどの東欧の料理、トルコやインド料理、ロシア料理、そしてもちろんイタリアン、フレンチ等々。中華や和食の店もたくさんある。ウィンナー・ソーセージもウィーンがルーツ。酒を飲むのであれば、ホイリゲと呼ばれるウィーン風の居酒屋。自分の畑で取れた新種のワインを飲ませるのがスタイル。ウィーン市北部のドナウ河の近くにあるグリンツィング、ハイリゲンシュタットあたりのホイリゲが特に有名である。また、街中にイルミネーションが輝き、市が立ち並ぶクリスマスの美しさも有名。市で飲むグリューワインという赤のホットワインは体を芯まで温めてくれる。それからNY、ジュネーヴに次ぐ第3の国連都市としても知られ、市内からドナウ川を渡ったところには、国連施設(UNOシティ)の高層ビルが立ち並ぶ。また、数多くの国際会議や学会や見本市も行われる。ハプスブルク家の夏の離宮シェーンブルン宮殿は素晴らしいロココ様式の宮殿で、世界遺産に指定されており、また宮殿の庭園にある動物園はヨーロッパ最古である。そしてウィーン郊外に広がるウィーンの森などの美しい自然も魅力たっぷり。

クリスマス市風景


クリスマス市風景2

いきなりいつもとまったく違う切り口になってしまったが、脱線ついでに音楽以外の芸術の話にいこう。まずは1900年前後に世紀末芸術が花開き、数多くの芸術家たちがウィーンで活躍した。ユーゲントシュティールの代表的な画家で保守的な芸術協会を嫌いはなれ、自らセセッション(分離派協会)を立ち上げ、かの有名な金色に輝く「接吻」等、傑作群を残したグスタフ・クリムト。この「接吻」はベルヴェデーレ宮殿上宮のギャラリーにある。そして、多くの自画像を描き、28歳の若さで死んでしまったエゴン・シーレ。表現主義として分類されることの多いオスカー・ココシュカ。
画家以外でもウィーン市内に今も数多くの作品が残る建築家で、オットー・ワグナー。近代建築の走りで、機能主義的建築の父とも言われている。時代はやや現代になるが、フリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサーは、ウィーンのガウディとも呼ばれるアーティストで、彼の自由な発想による建築物はウィーン市内でも異彩を放っている。精神分析学者として名高いジークムント・フロイトも世紀末のウィーンで活躍した心理学者。
またウィーンは、無数の美術館、博物館があり、私の知っている限りこれほどの美術館がある都市は、世界中でウィーンとパリが図抜けていると思う。例えば、ヨーロッパ最大規模の美術史美術館では、世界一のブリューゲルのコレクションや、フェルメール、レンブラント、ルーベンス等、素晴らしい絵画で溢れている。

美術史美術館

以上ウィーンの代表的なもののほんの一部分を列挙したが、これらすべてのことに関わっているのが、ハプスブルク帝国である。600年以上に渡りヨーロッパ全土に影響を及ぼし、全盛期には陽の沈むことのない帝国と言われた。特に有名なのがマリー・アントワネットの母、マリア・テレジア。彼女は40年間もの間、女帝として辣腕を発揮し、16人もの子供を産み、列強との婚姻を進め、所領を増やしていった。このハプスブルク帝国の首都ウィーンがヨーロッパ屈指の大都市として君臨したことによって、無数の芸術家がウィーンに集まってきたと言えるであろう。

ハプスブルク家夏の離宮シェーンブルン宮殿


美術史美術館と自然史博物館の間にあるマリア・テレジア像





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