あの頃、憧れの一品〜スイス・アーミー・ナイフ〜
僕が生まれ育ったのはドイツ、フランクフルト近郊のディーツェンバッハという街。フランクフルトの中心部まで20kmほどのいわゆるベッドタウン。ドイツ特有の森に囲まれた街は、原っぱなど自然溢れる環境。
お昼で授業が終わるドイツの小学校を終えて帰宅したあとは、いわゆる「ランドセルを放り投げて」日が暮れるまで遊ぶ日々を一日も欠かさず過ごしていました。
僕自身が住んでいたのは、当時新しく建ったばかりの大きな集合住宅。
ここには歳も国籍もバラバラの子供たちが多く住んでいた。幼稚園のころから輪に加わった僕は沢山の「お兄さん」達に遊びを教えてもらった。
自然に囲まれていることもあって遊びは探検ごっごに基地ごっこと王道の自然遊びの連続。もちろん「道具」も石、木などそこら辺に落ちているものを使う。とはいってもそれだけじゃ石器時代以前の人間となにも変わらない。
そこで、僕達子供軍団には自然遊びの輪に加わるための必需品があった。それが…僕らの中で「スイス・アーミー・ナイフ」と呼んでいたスイス軍のオフィシャルナイフ、ビクトリノックスのオフィーサーナイフのこと。
自然と向き合って遊ぶ、さしずめ子供たちだけで結成したボーイスカウト。僕はリーダー格の近所のお兄さん達に子供ながらナイフの使い方を通して自然の楽しさと怖さを教わったものです。彼らはまだ小さかった僕のためにナイフを駆使して弓矢を作ったりしてくれました。
そんな中、輪に加わった僕も親にせびりビクトリノックスのナイフを買ってもらいました。ビクトリノックスのナイフといえば赤のデザインでおなじみだが、あまのじゃくの僕は当時唯一の異色だった黒のナイフ。ナイフをはじめ、はさみ、ワインオープナー、やすり、栓抜き、ルーペなどこれ一個があれば実に便利。あれから約25年…いまだ現役で僕の傍らで日々活躍するスイス・アーミー・ナイフ。まさに大人をも納得させる一品…生涯のお供にひとつオススメします!
僕自身が住んでいたのは、当時新しく建ったばかりの大きな集合住宅。
ここには歳も国籍もバラバラの子供たちが多く住んでいた。幼稚園のころから輪に加わった僕は沢山の「お兄さん」達に遊びを教えてもらった。
自然に囲まれていることもあって遊びは探検ごっごに基地ごっこと王道の自然遊びの連続。もちろん「道具」も石、木などそこら辺に落ちているものを使う。とはいってもそれだけじゃ石器時代以前の人間となにも変わらない。
そこで、僕達子供軍団には自然遊びの輪に加わるための必需品があった。それが…僕らの中で「スイス・アーミー・ナイフ」と呼んでいたスイス軍のオフィシャルナイフ、ビクトリノックスのオフィーサーナイフのこと。 自然と向き合って遊ぶ、さしずめ子供たちだけで結成したボーイスカウト。僕はリーダー格の近所のお兄さん達に子供ながらナイフの使い方を通して自然の楽しさと怖さを教わったものです。彼らはまだ小さかった僕のためにナイフを駆使して弓矢を作ったりしてくれました。
そんな中、輪に加わった僕も親にせびりビクトリノックスのナイフを買ってもらいました。ビクトリノックスのナイフといえば赤のデザインでおなじみだが、あまのじゃくの僕は当時唯一の異色だった黒のナイフ。ナイフをはじめ、はさみ、ワインオープナー、やすり、栓抜き、ルーペなどこれ一個があれば実に便利。あれから約25年…いまだ現役で僕の傍らで日々活躍するスイス・アーミー・ナイフ。まさに大人をも納得させる一品…生涯のお供にひとつオススメします!





