本・エンタメ

2007/03/16

「たたり THE HAUNTING」 

映画好きだが、ホラー映画はほとんど見ない。そんな私が小学生の頃テレビで見た「たたり」は、40年近く前にたった一度見ただけでだが今でも強烈に覚えている。

当時住んでいた我が家でテレビのあった6畳の部屋や、バルコニーで館を見上げたヒロインに襲いかかる生き物のような不気味な館など今でもはっきり目に浮かぶ。
夜になると後ろから何かが肩に手をかけるのではないか、天井が下がってきて襲われるのでは、などと心配したものだ。あんな怖い映画を見るのじゃなかったと何度後悔したことだろう。

そんなホラーが、「ウエストサイド物語(1961)」や「サウンド・オブ・ミュージック(1965)」で有名なロバート・ワイズ監督の1963年の作品だとは。2作の大ヒットミュージカルの間に撮ったのが恐怖映画というのには驚かされる。
「エデンの東」のヒロインを演じたジュリー・ハリスが主演だったこともはっきり覚えている。今回調べてみて、他にも「ライム・ライト」のクレア・ブルームや「ウエストサイド物語」のラス・タンブリンが出演していたことや、原題が「HAUNTING」であること、クレア・ブルームの服を1960年代ミニスカートで一世を風靡したイギリスのマリークアントが提供していたことを知った。

当時特撮やCG技術があったわけではなく、モノクロの映像とカメラアングルや効果音等であれほどの恐怖を感じたのは、子供だったからなのか、それともロバート・ワイズの手腕なのか。直接血なまぐさいシーンは無く、心理的に恐怖を駆り立てられるようなどちらかといえば文学的な作品だったように思う。

数年前1999年のヤン・デ・ボン監督、リーアム・ニーサン、キャサリン・ゼタ・ジョーンズの「ホーンティング」をたまたま見たが「たたり」のリメイクだったのだ。
CG技術でさぞかし恐しいのだろうと思ったのだが、あに図らんや、あまりに作り物っぽくて、壁の置物が動いても恐怖どころか笑ってしまった。
恐怖の対象は見えないからこそ怖いのであって、すべてを見せると白けてしまう。見えないからこそ、視覚以外の感覚によって自らの想像力で創りあげるのだろう。「幽霊の正体見たり枯れ尾花」ひとたび視覚で捉えると確実に想像より劣り恐怖はしぼむ。

それにしてもこんなにホラーが流行るのは何故なのか?
昔の日本のホラーたる怪談は私怨だ。番町皿屋敷しかり四谷怪談しかり、無念の死を遂げた者が夜な夜な現れ、怨みの対象に「うらめしや〜」と告げるのだ。
無関係の人間に被害は及ばないどころか、恨みの対象に対しても直接手を下したりはしない。悪者は、幽霊の出現に驚き、恐怖し、自滅するパターンが多いようだ。

一方、外国物は一対一の恨みではなく、恨みや怒り、交通事故のような理不尽な暴力がその場にたまたま居合わせた不特定多数に向けられる。
お馬鹿な若者が好奇心から立ち寄った場所で惨劇にあったり、「たたり」のように霊が出るという場所にわざわざ関係の無い人間が出かけていって惨劇となる。因みに今を時めくジョニー・デップの映画初出演は以外にも「エルム街の悪夢」でフレディーに殺される若者役だった。

アリゾナのルート66沿いのホテルには、「風と共に去りぬ」のクラーク・ゲーブルと飛行機事故で無くなった最愛の妻キャロル・ロンバートの幽霊が出るという噂があるらしい。二人が新婚旅行で泊まったホテルだ。ゲーブルに会えるなら、ぜひとも行ってみたいものだ。

ゾンビやドラキュラ、今海外で受けているジャパニーズホラーも外国物同様、不特定多数が被害にあう。「ひょっとしたら自分も不特定多数の一人になるかもしれない」という恐怖があるからこそ受けているのか?日本のホラーが洋風に変化してきているのは日本の文化が変わってきているということなのか。
しかし昨今のバラバラ殺人事件などの報道をみていると、本当に怖いのはやはり生身の人間だ。

今もう一度「たたり」をみたら当時のように恐怖を感じるのか、はたまた「子供だましだなぁ」と歳を取って怖いものなしのオバサンなってしまったことにがっかりしてしまうのか?ビデオショップで探して試してみようっと。







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