ロッキー・ザ・ファイナル ROCKY BALBOA 2006 公開中
3ケ月に亘り書かせていただいたこのブログも、今回が最終回、ということで、ファイナル繋がり?で「ロッキー・ザ・ファイナル」を選びました。
「えっ、今さら何を?」というのが第一印象、宣伝のため訪れたオーストラリアで、入国時に禁止薬物(ステロイド?)所持で聴取を受けたと知り、一抹の寂しさすら感じた。 一作目でアメリカンドリームを体現した「ロッキー」の結末を見届けようと、劇場へ足を運んだ。
ベタで少々浪花節、こういう終わり方しかないだろうな〜と言う展開だけれど、うまく纏めたなぁ〜という感じ、台詞を通して自分自身に語りかけているようなスタローンのメッセージに、少々涙腺が緩んでしまった。
「ロッキー」一本で、売れない役者でオーディションに落ち続けた彼が、三日で書き上げた脚本を試しに見せ、犬(一作に出演したバッカス)の餌にも困る生活の中、脚本を高く売るより自分の主演を固持、低予算で父・弟・妻を動員し主人公のさながらに、役者として一躍スターダムにのし上がった。
ファイナルは、年老いたロッキーがエキシビッションマッチでチャンピオンと対戦、周りの「今さら・・・」という冷ややかな反応を尻目に、五分で戦うことで自分自身を取り戻す。
これも一作同様、現在60歳のスタローンとオーバーラップする。
年長のボクサーといえばジョージ・フォアマンを思い出す。25歳のとき32歳のモハメド・アリと戦いまさかの敗戦(キンシャサの奇跡)、一時引退しキリスト教の布教に努めるも、37歳でカムバック、45歳でマイケル・モーラーと戦い10回逆転KOで奇跡の勝利を収め、最年長ヘビー級チャンピオンとなった。(現在はビジネスマンとして電気グリルのイメージキャラクターをしている)
フォアマンでも45歳、今回のロッキーは60歳!エイジングへの挑戦と言えるだろうが、現実問題としては、いくらなんでもやはり・・・という気持ちは否めないが・・・良いんだ、これが。
普通なら50歳あたりで体の衰えを感じるものだが、鍛えこんだマッチョの彼は60歳を前にして衰えを感じたのだろうか?現大統領ジョージ・W・ブッシュと生年月日が同じというのはちょっとびっくり!筋肉隆々、マッチョなナルシスト、派手なアクションを得意とする体育会系としか思えないスタローンだが、一作目からすべて自ら脚本を書いている。
シリーズを通して感じるのは、彼は意外にも(失礼!)かなりのロマンチストだということだ。
スタローンの私生活は分からないが、ロッキーは一作目からファイナルまで亡くなった後もただひたすらエイドリアンを一筋に愛する。
金貸しの取立て屋でチンピラにしか見えないロッキーだが、町でたむろする少女マリーに「家に帰って真面目になれ」と説教する。
ファイナルではこの少女が子連れのシングルマザーで登場し、再度ロッキーに救われ、彼を応援する。
ロッキーの優しさが伝わってくる。
今回は成人した息子が有名人を親に持つことで苦悩し反発するが、「自分の弱さを他人のせいにするな」と諭し、打ちのめされても自分を信じ、前に進み続ける姿を身をもって示すことで息子のわだかまりも消え、父に協力を申し出る。ロッキーはその人格、生き方、妻や子供への愛情表現など総てにおいて、スタローンの理想とする人物像なのだろう。
スタローンはロッキーで始まり、ロッキーと共に歩んでいるようだ。
30年たってファイナルを見て、スタローンが好きになった。
素晴らしい映画音楽はイントロだけで映像を思い描ける。
「ホリデイ」で音楽プロデューサー役のジャック・ブラックが「ダー・ダン」のたった2音で誰もが恐怖をかき立てられる「ジョーズ」の音楽は凄いと言っている。
これで言うなら「ロッキー」は「タータタタ」の4音で、どん底から立ち上がる再生への序曲だ。
「ゴーン」というベルの音とトランペットのファンファーレが鳴ると何故か気持ちが高揚し背筋が伸びる。
1993年の「ミスター・マム」で失業し専業主婦となったマイケル・キートンが身だしなみを整え、再就職を目指すときのバックにも流れる。
個人的には「刑事ジョー・ママにお手上げ」の母親思いで、上司で恋人の彼女を気遣うコメディーのスタローンが好きだけれど・・・ワースト映画に贈られるゴールデンラズベリー最低主演男優賞をもらってしまった。(スタローンはラズベリー賞の常連だ。)
これから懐かしの映画の続編が相次いで公開される。
「男の隠れ家」世代にはたまらない「ダイハード」、果ては「インディジョーンズ」まで、何と!「ランボー4」も準備が進んでいるらしい。
おじ様パワー炸裂!
綾小路きみまろじゃないけれど、「老け込むには早すぎます!?」
12回お付き合いいただき、ありがとうございました。






