「恋愛小説家」 As Good As It Gets 1997
映画のタイトルはとても重要だ。タイトル次第で「見てみようか」という気になったりもする。
最近は英語の題名そのままをカタカナにしているものが多く、映画の内容をイメージできないものもある。昔の映画はほとんど日本語の題名が付いている。
池波正太郎氏も「優れた映画には考えぬいたいい題名が付いている」とおっしゃっている。 「哀愁」「めぐり逢い」「招かれざる客」「忘れじの面影」「心の旅路」等々、とても文学的で洒落ている。
それにしても「恋愛小説家」とはオリジナルの”As good as it gets”とかけ離れた題名だ。日本語になりにくい言葉で、「これ以上ない、最高だ」という意味と「せいぜい頑張ってこんなものかな」という意味があるが、この映画は後者の意味にピッタリだ。
この映画を見た後、今は見かけなくなったS・ビールの発泡酒ブロイの箱に”As Good As It Brews”と書いてあったのを見て、同じ言い回しでうれしくなったことを覚えている。
結構整った顔立ちなのに年を追う毎にホラー一歩手前のような笑顔がいまひとつ好きになれないニコルソンではあるが、ヘレン・ハントと共にダブルでアカデミー主演賞を受賞したことで一応見ておくかと軽い気持ちで見た映画だった。
予想に反して大好きな映画の一つになった。この役はニコルソン以外考えられない。
高級アパートメントに住み女性向きの甘いロマンス小説家だが、実態は他人を寄せ付けない嫌われ者、人との関りを避け、舗道の線を避け、鍵を決まった回数回し、新品の石鹸で何度も手を洗い、毎日決まったレストランの決まったテーブルで使い捨てのプラスチックのナイフとフォークを使う強迫神経症のニコルソン演じるメルヴィン。
ハント演じる重い病気の子供を抱え母と3人で暮らすウエイトレスのキャロルは、長年の看病で常に不安を抱え自分自身の生活を考えることができない、一種の共依存に陥っている。
メルビンの隣に住むグレッグ・キニア演じる新進気鋭の画家でゲイのサイモンは、随分前から両親と絶縁状態にある。
サイモンが強盗に襲われ、大怪我をし何もかも失いアパートまで追い出されたことから、こんな三人が少しづつ関りを深めていく。
他人に無関心だったメルビンがキャロルを助け、サイモンを助け、サイモンの犬の面倒を見、何をするにも必要だった神経症の「儀式」を忘れている自分に気付く。
「君のためにいい人になりたくて拒み続けていた薬を飲み始めた。You make me want to be a better man.」と言うメルビン。
キャロルのおかげで絵を描く意欲を取り戻したサイモンは、アパートから追い出されたって両親に理解されなくたって平気だと立ち直る。
キャロルもいかれた変人と嫌っていたメルビンに心を開き、自分自身の人生を見つめ直す。
みんなまだまだ問題はあるけれど、少しづつ努力を重ねて今のところ精一杯こんなところかな、というのがいい。私も頑張ろうという気持ちになれる。この映画を見ていると、人と関わって生きていくってなかなかいいなと思えてくる。劇中でメルビンがピアノを弾き、エンディングに流れる「Always look on the bright side of life.いつも前向きで行こう」と言う曲がピッタリだ。
脇役で光るのがとっても可愛いわんこのバーデルとキューバ・グッテング・ジュニア演じる画商のフランクだ。バーデルは今風の言葉で言えば「ぶさかわ(不細工で可愛い)」だが犬種はいったい何かしら?
池波正太郎氏も「優れた映画には考えぬいたいい題名が付いている」とおっしゃっている。 「哀愁」「めぐり逢い」「招かれざる客」「忘れじの面影」「心の旅路」等々、とても文学的で洒落ている。
それにしても「恋愛小説家」とはオリジナルの”As good as it gets”とかけ離れた題名だ。日本語になりにくい言葉で、「これ以上ない、最高だ」という意味と「せいぜい頑張ってこんなものかな」という意味があるが、この映画は後者の意味にピッタリだ。
この映画を見た後、今は見かけなくなったS・ビールの発泡酒ブロイの箱に”As Good As It Brews”と書いてあったのを見て、同じ言い回しでうれしくなったことを覚えている。
結構整った顔立ちなのに年を追う毎にホラー一歩手前のような笑顔がいまひとつ好きになれないニコルソンではあるが、ヘレン・ハントと共にダブルでアカデミー主演賞を受賞したことで一応見ておくかと軽い気持ちで見た映画だった。予想に反して大好きな映画の一つになった。この役はニコルソン以外考えられない。
高級アパートメントに住み女性向きの甘いロマンス小説家だが、実態は他人を寄せ付けない嫌われ者、人との関りを避け、舗道の線を避け、鍵を決まった回数回し、新品の石鹸で何度も手を洗い、毎日決まったレストランの決まったテーブルで使い捨てのプラスチックのナイフとフォークを使う強迫神経症のニコルソン演じるメルヴィン。
ハント演じる重い病気の子供を抱え母と3人で暮らすウエイトレスのキャロルは、長年の看病で常に不安を抱え自分自身の生活を考えることができない、一種の共依存に陥っている。メルビンの隣に住むグレッグ・キニア演じる新進気鋭の画家でゲイのサイモンは、随分前から両親と絶縁状態にある。
サイモンが強盗に襲われ、大怪我をし何もかも失いアパートまで追い出されたことから、こんな三人が少しづつ関りを深めていく。
他人に無関心だったメルビンがキャロルを助け、サイモンを助け、サイモンの犬の面倒を見、何をするにも必要だった神経症の「儀式」を忘れている自分に気付く。
「君のためにいい人になりたくて拒み続けていた薬を飲み始めた。You make me want to be a better man.」と言うメルビン。
キャロルのおかげで絵を描く意欲を取り戻したサイモンは、アパートから追い出されたって両親に理解されなくたって平気だと立ち直る。
キャロルもいかれた変人と嫌っていたメルビンに心を開き、自分自身の人生を見つめ直す。
みんなまだまだ問題はあるけれど、少しづつ努力を重ねて今のところ精一杯こんなところかな、というのがいい。私も頑張ろうという気持ちになれる。この映画を見ていると、人と関わって生きていくってなかなかいいなと思えてくる。劇中でメルビンがピアノを弾き、エンディングに流れる「Always look on the bright side of life.いつも前向きで行こう」と言う曲がピッタリだ。
脇役で光るのがとっても可愛いわんこのバーデルとキューバ・グッテング・ジュニア演じる画商のフランクだ。バーデルは今風の言葉で言えば「ぶさかわ(不細工で可愛い)」だが犬種はいったい何かしら? 





