本・エンタメ

2007/03/18

白と黒 〜ベルリン国際映画祭・もうひとつの顔〜

 フラッシュ、ドレス、深紅の絨毯。世界中から新作をひっさげてやってくるのは華やかな女優、俳優、そして監督たちだ。カンヌ、ヴェネツィアと並ぶベルリン国際映画祭(Internationale Filmfestspiele Berlin)は、そうした豪奢な雰囲気に溢れているのだが、実はもうひとつ、静かな別の顔がある。今回はそれについて。白と黒、サイレント映画へのご招待。

 ドイツ歴史博物館。かつてZeughaus(兵器庫)と呼ばれていたこの建物は、18世紀初頭にバロック様式で建てられている。ウンター・デン・リンデン通りに面した建物の長さは、90メートルにも及ぶ。この建物の横を入ると側面に今日の映画館の入り口がある。

 ベルリン国際映画祭は、毎年2月に11日間にわたって開催される。新作の各賞を決めるさまざまな部門が設けられているが、上映されるのは新作ばかりではない。毎年レトロスペクティブと名づけられた回顧部門がある。“The Magic of the Look”と題された一昨年は、『ガタカ』(1997、A・ニコル監督作品)をはじめとしたデザイン・セットが秀逸な作品を、昨年は“Vamp, Nypmh and Comrade”で、A・ヘップバーン、G・ケリー、E・テイラーなどの名女優が演じた50年代の作品を上映。この映画館でかかっていたのも、この回顧部門の作品たちだった。

 今年のテーマは“City Girls. Images of Women in Silent Film”。選ばれたのは、1910−1933年に制作されたサイレント・フィルム。その数なんと46本。E・ルビッチ監督やH・ブレノン監督の作品にまじって、成瀬巳喜男監督の『生さぬ仲』(1932)、『夜ごとの夢』(1933)なども選ばれていた。

 とはいえ、サイレント・フィルム。なかなか馴染みのあるものではない。それも作品によっては第一世界大戦より前のもの。いま、こうした作品を劇場で観る機会は、そう多くないのではないだろうか。


 
 映画館の扉をくぐり、なかへ入ると、スクリーンの横には一台のグランドピアノ。作品によっては、別の楽器の譜面台が置かれていたり、ピアノの上に別の楽器が置かれていたりと趣は様々だ。何より普通の映画と違うのは、上映が始まって暗くなると、館内すべてが真っ暗にならないことだ。譜面台だけがふっと暗闇に浮かび上がる。僕たちの視線が一瞬、スクリーンをじっと見詰める演奏者の背中に注がれ、それから、光り始めるスクリーンの方へと向かう。そして彼の手がおもむろに旋律を奏で始めるのだ。

 しかし映像と音楽はかならずしもぴたりとは揃っていない。こんなことをいうと奇妙に聞こえるかもしれない。待ち合わせの相手が時間きっかりに現れず、おまけに一緒に入った映画館で台詞と口の動きがバラバラだったら? 

 そういうことが起こらないのは、技術進歩の賜物だ。そもそも映像が静止したフィルムの積み重ねで出来上がっているいっぽう、音は連続的に録られる必要がある。「とまった音」というのは存在しない。それゆえ、映像と音声が同期するためには、映画発明後も、ある一定の年月を待たねばならなかったのだ。

 ぴたりと揃っていない。だからといって、音楽が映像にあっていない、というわけではない。実はそこにひとつ、ちょっとした魔法がかけられている。映像を音楽が軽快なテンポで追いかけていったり、それらが幸せそうに手をつないで歩いてみたり。ときには突発的な怒りの音を、ときには甘美な愛の旋律を。そこにはいつも生き生きとした振幅がある。まるで呼吸でもしているかのように。

 かつて銀幕の向こう側は、今よりもはるか遠くの世界だったに違いない。しかし、音楽は、映像のなかにではなく、僕たちがいま座っているこの空間に響いている。映像のなかの世界、そして僕たちの心の鼓動。そのふたつを同調させていたのは、音楽という生きた魔法だったのだ。






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