小さな花?可愛い花?
50歳以上の年配の方たちは多分懐かしく想い出すだろう、「小さな花」。いや「可愛い花」と言った方が分かりやすいのかも知れない。
実はこの「可愛い花」と言うのは、僕の大好きなあの「ザ・ピーナッツ」のデビュー曲である(1959年)。そして実はこの「可愛い花」は、さらにその前にピーナッツ・ハッコーのクラリネットでヒットした「小さな花」のことである。共にピーナッツ繋がりでヒットした。
僕はすでにラジオからだと思うが、ピーナッツ・ハッコーのクラリネットでの「小さな花」を聴いていて大変に気に入っていたので、ザ・ピーナッツの歌が出た時は驚いた。歌が上手いし、またハーモニーがいいのでたちまち好きになってしまった。音羽たかしの詞もいい。 宮川 泰(昨年’06年3月21日惜しくも亡くなった)のアレンジもいい。また後で気付いたのだが、そのバックが渡辺 晋とシックス・ジョーズだったのである。シックス・ジョーズと言えば、後に渡辺プロを起こすベースの渡辺 晋が1951年に早稲田に在学中、テナーのスリーピーこと松本英彦やピアノの中村八大、ドラムスの猪俣 猛らと結成した当時注目のバンドである。
あのピーナッツのバックのテナーは松本英彦だろうか!あのピアノは中村八大?いや山崎 唯(後年トッポ・ジージョの声をやっていた)だったんだろうか。それともアレンジをやった宮川 泰かもしれない、などと後から勝手にあれこれ想像したものである。
僕は映画やテレビのドラマのバックに使われたりしている音楽を聴いたりしていて、こう言った気がかりになる事が時々ある。
やはり高校時代(相も変わらず古い話で申し訳ないが)、僕はラジオから流れる越路吹雪の「ラストダンスは私と」を聴いていた。 その時ほんの8小節位の間奏でのクラリネットが素晴らしく良かった。
どうしてもそのクラリネットが誰であるか知りたくてレコード屋へ行き、あの頃で言うドーナッツ盤(EP盤)を探し出してみたら、クラリネット藤家虹二とあった。
さもありなん!それから僕は藤家虹二にも注目して聴くようになった。
最近は音楽の傾向が変わったということもあるが、あまりこういった形でのジャズのミュージシャンがポップス系の歌い手のレコーディングに付き合うことは少なくなったらしい。
話を元に戻すと、ザ・ピーナッツのデビュー作「可愛い花」は元の曲が良くて、作詞・編曲、さらに歌が良くてバックがいいから売れないわけが無い!と言うことである。
元の曲と言えばピーナツ・ハッコーが演奏した「小さな花」も実はアレンジをしてあって、その元はクラリネットやソプラノ・サックスの大御所、ニューオルリンズ生まれのシドニー・べシェの書いた曲である。
シドニー・べシェが晩年アメリカからフランスへ渡り、とてつもなく若いかみさんをもらった時に書いたものらしい。
シドニー・べシェはソプラノ・サックスということもあり、ディキシーランド(アメリカ南部)
の哀愁のようなものを感じさせる曲想であり、それをピーナツ・ハッコーが明るくより可愛くアレンジしてクラリネットで演奏し、その曲想でザ・ピーナッツは歌ったのである。シドニー・べシェのCDを聴けばその違いが良く分かる。クラリネットの花岡詠二はライブの時に、そんな解説と共に吹き分けて聴かせてくれることがある。実に良く分かるし、勉強になる。(右写真、「小さな花」の入っている花岡詠二のCD http://www.eijihanaoka.com/)そんな諸々の曰く因縁もジャズを聴く大いなる楽しみのうちである。
話をちょっと前に戻すが、以来僕は「小さな花」が好きで、1962年頃から足繁く通っていた水道橋のトラッドなジャズ喫茶「SWING」で良く聴いていた。
それはボブ・クロスビーとボブ・キャッツの演奏であったことは間違いないが、そのクラがピーナッツ・ハッコーであったかどうかは何故か憶えていない。
初めてラジオで聴いたあの「小さな花」も、ボブ・クロスビー楽団でのピーナッツ・ハッコーの演奏だったのだろうか━。
何のことは無い些細な事かも知れないが、僕にとっては胸のときめきを覚える経緯である。
以来、ディキシーやスイングのアルバムで、「小さな花」が入っているとついそのレコード(CD)を買ってしまうという妙な性癖がついてしまった。
いずれにしても「小さな花」も「可愛い花」も、僕にとっては遠い昔からの忘れられない「愛しい花」であることには間違いない。
(文中、敬称は略させていただいてます。)





