ちょうどいい幸せ
2008年の某月某日、私は『男の隠れ家ONLINE』編集部にいた。
大物作家・開高健気分で、取材に余念がないさいだぁ先生
実は何日か前、知人から
「男の隠れ家で連載しないさいよ、友人がそこの編集部にいるから」
と言われ、ではとりあえずは話だけ、そんな気持ちで知人と共に編集部のドアを叩いた。編集部にある大テーブルの向かいに座った、その件(くだん)の編集者を紹介されて驚いた。 『男の隠れ家』というサイトの編集者なのだから屈強な男性を想像していたら、二十代のうら若き女性、それもインド映画の銀幕を飾るような絶世の美女なのだ。
舞い上がった私は大物作家・開高健さながらの気分で、ヨシカ女史(おわかりでしょう、件の美人編集者である。なんとも妖艶な名前ではないか!)に向かって開口一番こう言った。
「フム、いいですな、連載。何をやりましょう?テーマは『ちょうどいい』でどうでしょう。『ちょうどいい』は私がここ何年か取り上げてるテーマで、この連載にはうってつけだと思うのですが」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さて、ここで『ちょうどいい』について、しばしおつき合い願いたい。
名著久住昌之「タキモトの世界」という本の中で、
「アカシヤのペパロニライスはちょうどいい」
とカメラマンの滝本淳助さんが発言して、久住さんが「ちょうどいいってなんだよ!」と笑うエピソードがある。僕もその本が出版された当初は笑って読んでいた。食べ物のメニューに「美味しい」「不味い」以外に「ちょうどいい」という形容詞が存在したタキモトの世界には、心底笑った。
面白そうだったので早速僕も新宿アカシヤに行き、ペパロニライスを注文した。出てきたのはウインナーソーセージに目玉焼きにキャベツにスパゲティサラダ、それとごはん。洋食レストランが丁寧に作った朝食みたいなメニュー。これが確かにちょうどいい。いや、美味しいよ、美味しいんだけど、人に薦めるかと聞かれたらやっぱり薦めないで自分だけでこっそりちょくちょく食べるであろう、そんな味。そして何より量も多すぎなくていい。味も量もちょうどいい。外食なんて言ったって、必ずごっつり食べるのはどうかと前から思っていたんだ。
それからである、日々ことあるごとに「ちょうどいい」について考えるようになった。ひょっとして、この概念は素晴らしく新しいのではないだろうか。
ペパロニライスをアカシヤに食べに行ったら、いつの間にか
メニューから無くなっていたので一番ペパロニライスに近いと
思われる「KRB」ライスをいただく。ペパロニはハムの代わりに
ソーセージだったと考えて下さい。「KRB」も、もちろんちょうどいい
メニューから無くなっていたので一番ペパロニライスに近いと
思われる「KRB」ライスをいただく。ペパロニはハムの代わりに
ソーセージだったと考えて下さい。「KRB」も、もちろんちょうどいい





