ディーバの囁き12 バナナラマと愛しのロバート・デ・ニーロ
70年代後半のパンクロックは、これまで築き上げられてきたロックそのものを破壊し、同時に社会性を取り戻しました。そこから80年代には多様なポップミュージックが登場します。バナナラマはそうした歴史の中に登場した女性コーラスグループです。しかしその運命には、成功と皮肉が同居していました。
70年代末のパンクロックは、その後の音楽シーンにさまざまな影響を与えました。後にStock,Aitken&Watermanによるユーロビートで大きな成功を収めたBananaramaもまた、スタートはパンクロックの影響下にあります。
彼女たちのアルバムは、昨年、Rhinoから結成25周年記念としてボーナストラック付で再発されましたが、今夜はそのうちでもセカンドアルバムにあたる『Bananarama』を聴いてみたいと思います。
Bananaramaの結成は1977年だといいます。Siobhan FaheyとSara Dallinが出会ったところに、Karen Woodwordが加わったといいます。当時といえば、ロンドンではパンクムーブメントが吹き荒れており、Sex Pistolsがミュージックシーンの最大の話題でした。パンクロックというと、古い音楽を破壊しただけのようなイメージがありますが、その跡地には多様 な音楽が流れました。例えばテクノポップであり、スカなどのエスニックな音だったりします。パンクはやがてニュー・ウェーブへと変化していったわけです。
Bananaramaもまた、そうした多様な音の中でデビューしました。デビュー曲の「Aie-a-mwana」はスワヒリ語の曲だったりしますし、そのデビューを支えていたのは、この曲でドラムを叩いている、元Sex PistolsのPaul Cookです。
Fun Boy Threeと共演したり、Steamの「Na Na Hey Hey (Kiss Him Goodbye)」をカバーしたり、「Cheers Then」ではアルプスの少女のようなビデオクリップを作成したり、けっこう日本にも縁があって、日本だけで「He’s Got Tact」というホンダのタクトのコマーシャルソングを作成してシングルにしたりと、本当にいろんなことをやっています。Pistolsついでに言えば、 映画『Party Party』のサウンドトラックでは「No Feelings」もカバーしていて、これがなかなかラフなコーラスの仕上がりになっていて、悪くなかったりもします。
そんなわけで、1983年にリリースされたデビューアルバム『Deep Sea Skiving』の再発盤ではオリジナルに含まれなかったシングルのB面の曲なども収録されており、ほんとうに当時の音楽シーンを反映させた、とても楽しいアルバムになっています。ジャケットも陽気な女の子たちが海の底で遊んでいる、そんな雰囲気で、何より明るい気持ちにさせてくれるアルバムでした。 Paul Wellerの曲なんかも入っているし、Fun Boy Threeとも共演しているし、ね。
でも、これだけだと、ただの明るい女の子3人組でしかありません。Bananaramaがアーティストとして一つの地点に達したのが、セカンドアルバムの『Bananarama』でした。
このアルバム、日本では『愛しのロバート・デ・ニーロ』というタイトルで発売されましたが、そもそも自分たちのグループ名をアルバムのタイトルにしているあたり、気合の入り方が違うと思います。
何か色々な音が雑多に入ったファーストアルバムから、全体が統一感のあるセカンドアルバムに変化した、というだけではありません。このアルバムで彼女たち は、社会をテーマに歌うという選択をします。それがシングルカットされた「Rough Justice」です。それは本当に、残酷な環境に置かれている若者たちがテーマとなっています。他の曲もすべてオリジナルでまとめられ、中には 「Hotline To Heaven」というポップミュージックにしては長いのではないか、というような曲まで収録されています。そういえば先行シングルの「Cruel Summer」もちょっと憂鬱な曲でしたっけ。映画「カラテ・キッド」に使われていたんですけどね。
彼女たちのアルバムは、昨年、Rhinoから結成25周年記念としてボーナストラック付で再発されましたが、今夜はそのうちでもセカンドアルバムにあたる『Bananarama』を聴いてみたいと思います。
Bananaramaの結成は1977年だといいます。Siobhan FaheyとSara Dallinが出会ったところに、Karen Woodwordが加わったといいます。当時といえば、ロンドンではパンクムーブメントが吹き荒れており、Sex Pistolsがミュージックシーンの最大の話題でした。パンクロックというと、古い音楽を破壊しただけのようなイメージがありますが、その跡地には多様 な音楽が流れました。例えばテクノポップであり、スカなどのエスニックな音だったりします。パンクはやがてニュー・ウェーブへと変化していったわけです。Bananaramaもまた、そうした多様な音の中でデビューしました。デビュー曲の「Aie-a-mwana」はスワヒリ語の曲だったりしますし、そのデビューを支えていたのは、この曲でドラムを叩いている、元Sex PistolsのPaul Cookです。
Fun Boy Threeと共演したり、Steamの「Na Na Hey Hey (Kiss Him Goodbye)」をカバーしたり、「Cheers Then」ではアルプスの少女のようなビデオクリップを作成したり、けっこう日本にも縁があって、日本だけで「He’s Got Tact」というホンダのタクトのコマーシャルソングを作成してシングルにしたりと、本当にいろんなことをやっています。Pistolsついでに言えば、 映画『Party Party』のサウンドトラックでは「No Feelings」もカバーしていて、これがなかなかラフなコーラスの仕上がりになっていて、悪くなかったりもします。そんなわけで、1983年にリリースされたデビューアルバム『Deep Sea Skiving』の再発盤ではオリジナルに含まれなかったシングルのB面の曲なども収録されており、ほんとうに当時の音楽シーンを反映させた、とても楽しいアルバムになっています。ジャケットも陽気な女の子たちが海の底で遊んでいる、そんな雰囲気で、何より明るい気持ちにさせてくれるアルバムでした。 Paul Wellerの曲なんかも入っているし、Fun Boy Threeとも共演しているし、ね。
でも、これだけだと、ただの明るい女の子3人組でしかありません。Bananaramaがアーティストとして一つの地点に達したのが、セカンドアルバムの『Bananarama』でした。このアルバム、日本では『愛しのロバート・デ・ニーロ』というタイトルで発売されましたが、そもそも自分たちのグループ名をアルバムのタイトルにしているあたり、気合の入り方が違うと思います。
何か色々な音が雑多に入ったファーストアルバムから、全体が統一感のあるセカンドアルバムに変化した、というだけではありません。このアルバムで彼女たち は、社会をテーマに歌うという選択をします。それがシングルカットされた「Rough Justice」です。それは本当に、残酷な環境に置かれている若者たちがテーマとなっています。他の曲もすべてオリジナルでまとめられ、中には 「Hotline To Heaven」というポップミュージックにしては長いのではないか、というような曲まで収録されています。そういえば先行シングルの「Cruel Summer」もちょっと憂鬱な曲でしたっけ。映画「カラテ・キッド」に使われていたんですけどね。





