イエス・ミュージックの夜+3 ディテクティブと衝撃の共同体
イエス脱退後、トニー・ケイが参加したバンドはどんどんとプログレから離れ、70年代後半には、レッド・ツェッペリン率いるスワン・ソングというレーベルに所属するハードロックのバンドでキーボードを弾くことになります。実はイエスとツェッペリンというのは、縁がないわけでもないのですが、それにしてもこのバンド、時代の仇花だったかもしれません。今聴くと、けっこうかっこいいんですけどねぇ。
YesとLed Zeppelinというのは、縁がないようで、けっこうあったりします。何と言っても、Buggles Yes解散後、Chris SquireとAlan Whiteの2人は、同じくJohn Bonhamの死によってやはり解散状態にあったLed Zeppelinの残された3人とセッションを行っています。バンドの名前は仮称としてXYZとされていました。ブートレッグで当時の音源が出回っていますが、何となく想像できる音だったりします。Yesが後に『Keys To Ascension 2』で聞ける「Mind Drive」の原曲や、後に『Conspiracy』に収録される曲などが演奏されています。いろいろとがんばったのですが、結局、このセッションはお流れになってしまいます。
その後、John Paul Jonesが製作したサウンドトラック・アルバム『Scream For Help』では、Jon Andersonが2曲ボーカルで参加しています。まあ、ミュージシャンの世界も狭いですね。
(実は、まあ、ぼくが学生時代に、バンドでコピーしていたというのもあるのですが)
けれども、この2つに先行する1977年、Badger解散後のTony Kayeが参加したバンドが、Detectiveであり、レーベルはLed Zeppelin率いるSwan Songだったのです。
音はもちろん、Led Zeppelinを思わせる、ハードで重いものでした。それもそのはず、ファーストアルバムの『Detective』では全9曲のうち4曲を、Jimmy Pageがプロデュースしているのですから(クレジットは、Jimmy Robinsonとなっています)。
このバンドのアルバムを初めて買ったのは、レコード屋でカット盤を見つけたときでした。いくらTonyが参加しているとはいえ、プログレではなくハードロックです。ちょっと趣味が違うよなあ、とは思っていたものの、ジャケットに傷があるために、半額以下になって安売りされているレコードを見つけてしまったわけですから、とりあえず買ってみようと思ったわけです。
趣味じゃないよな、と言いつつも、けっこう気が向くと聞いていたりして、1曲目のスローでどっしりとした「Recognition」はたまに口ずさんでいましたっけ。アコースティックな音で始まりながら、後半ではじける「Nightingale」とか、なかなかやるなあ、とは思いました。もっとも、Tonyを除いても、というかTony以上に実力派のミュージシャンが集まったバンドだったのですから、それも当然だったと思います。
まず、ボーカルのMichael Des Barresは元Silverhead、後にはPower Stationという、Duran Duranのメンバーなどミュージシャンが集まった、ちょっとBand Aidっぽいバンドがあったのだけれども、ツアー時にはRobert Palmerの代役でボーカルを担当し、そのまま最初のLive Aidに出演しています。もっとも、今ではすっかり俳優になってしまい、テレビドラマ「冒険野郎マクガイバー」シリーズ、ですか。あと「ピンク・キャデラック」。
ギターのMichael Monarchは元Steppenwolf(「Born To Be Wild」のバンド、ね)、ドラムスのJon HydeもベースのBobby Pickettもそれなりのキャリアを持っていて、実はこのバンドに最後に参加したのが、Tonyということになります。そのせいか、このファーストアルバムには、Tonyはコンポーザーとしてはクレジットされていません。Tonyの演奏は、というと、そりゃもうTonyですから、普通に。
後に、セカンドアルバムの『It Takes One To Know One』もやはり安く手に入れたのですが、こちらはあまり聞く機会がなかったせいか、よく中味を覚えていませんでした。ただ、時代感覚がずれたように、ダンディにスーツで決めたメンバーの写真がジャケットが、けっこうかっこいいというか、一人だけサングラスをかけているTonyはずるいというか、そういうものです。
その後、John Paul Jonesが製作したサウンドトラック・アルバム『Scream For Help』では、Jon Andersonが2曲ボーカルで参加しています。まあ、ミュージシャンの世界も狭いですね。
(実は、まあ、ぼくが学生時代に、バンドでコピーしていたというのもあるのですが)
けれども、この2つに先行する1977年、Badger解散後のTony Kayeが参加したバンドが、Detectiveであり、レーベルはLed Zeppelin率いるSwan Songだったのです。音はもちろん、Led Zeppelinを思わせる、ハードで重いものでした。それもそのはず、ファーストアルバムの『Detective』では全9曲のうち4曲を、Jimmy Pageがプロデュースしているのですから(クレジットは、Jimmy Robinsonとなっています)。
このバンドのアルバムを初めて買ったのは、レコード屋でカット盤を見つけたときでした。いくらTonyが参加しているとはいえ、プログレではなくハードロックです。ちょっと趣味が違うよなあ、とは思っていたものの、ジャケットに傷があるために、半額以下になって安売りされているレコードを見つけてしまったわけですから、とりあえず買ってみようと思ったわけです。
趣味じゃないよな、と言いつつも、けっこう気が向くと聞いていたりして、1曲目のスローでどっしりとした「Recognition」はたまに口ずさんでいましたっけ。アコースティックな音で始まりながら、後半ではじける「Nightingale」とか、なかなかやるなあ、とは思いました。もっとも、Tonyを除いても、というかTony以上に実力派のミュージシャンが集まったバンドだったのですから、それも当然だったと思います。
まず、ボーカルのMichael Des Barresは元Silverhead、後にはPower Stationという、Duran Duranのメンバーなどミュージシャンが集まった、ちょっとBand Aidっぽいバンドがあったのだけれども、ツアー時にはRobert Palmerの代役でボーカルを担当し、そのまま最初のLive Aidに出演しています。もっとも、今ではすっかり俳優になってしまい、テレビドラマ「冒険野郎マクガイバー」シリーズ、ですか。あと「ピンク・キャデラック」。ギターのMichael Monarchは元Steppenwolf(「Born To Be Wild」のバンド、ね)、ドラムスのJon HydeもベースのBobby Pickettもそれなりのキャリアを持っていて、実はこのバンドに最後に参加したのが、Tonyということになります。そのせいか、このファーストアルバムには、Tonyはコンポーザーとしてはクレジットされていません。Tonyの演奏は、というと、そりゃもうTonyですから、普通に。
後に、セカンドアルバムの『It Takes One To Know One』もやはり安く手に入れたのですが、こちらはあまり聞く機会がなかったせいか、よく中味を覚えていませんでした。ただ、時代感覚がずれたように、ダンディにスーツで決めたメンバーの写真がジャケットが、けっこうかっこいいというか、一人だけサングラスをかけているTonyはずるいというか、そういうものです。




