ディーバの囁き7 ジョイスとシモーネ・モレノ
熱気あふれるサンバと叙情性豊かなボサ・ノヴァ、ブラジルのポップミュージックはこの2つに代表されると思います。
ラテンアメリカの音楽は、何より聴く人に元気を与えてくれるものだと思います。極端な言い方をすれば、その音楽があるから、明日一日もがんばれる、というものです。
ケルト音楽を経由してヨーロッパラテンに至ったワールドミュージックの旅は、次に本場ブラジルに向かいます。
ベテランのボサ・ノヴァ・シンガーJoyceに出あったのは、渋谷にあったCDショップのFriscoでした。そこでかけられていたのが、『Language And Love』だったのです。Joyceの長いキャリア、数多くあるアルバムの中でも、今もってぼくはこのアルバムがとても好きなのです。けれどもそれは、ぼく自身がワールドミュージックにはまりこんでいく、その限界でもあった、そう思わずにはいられないのです。
1991年に発表されたアルバムは、Joyceのキャリアにおいても、異色のものでした。洗練されたアレンジの、ほんとうにとても聴きやすいボサ・ノヴァのアルバムは、Joyceがアメリカでレコーディングしたものだったのです。それは、日本のアーティストがアメリカに進出していくことと似ているのかもしれません。そうしてできたアルバムは、これまでのJoyceのどのアルバムと較べても華やかなデザインのジャケットでしたし、音もその通りのものでした。Joyceはベテランシンガーとして、年齢を隠さないというところも、とても大切なことだと思うのですが、このアルバムに関しては、Joyceの顔にはソフトフォーカスがかけられており、アメリカのレコード会社が、「おばさんっぽいと売れないよな」と思っていることがよくわかります。
当時、日本ではすでにボサ・ノヴァはブームになっていました。何よりもまだデビューしたばかりの小野リサの存在が大きいと思います。そして、ではベテランシンガーによるボサ・ノヴァとはどういうものなのか。その答えがJoyceでした。
けれども、皮肉なことに、Joyceの日本での人気につながったのは、本作とその前作にあたる『Music Inside』だったというわけです。
サッカーでよく、ホームとアウェーといいます。プロ野球で言えば、ホームとビジターというところでしょうか。結局、アメリカで製作した2枚のアルバムは、アウェーでの仕事だったということになります。それゆえ、Joyceのディスコグラフィーの中でも、この2枚は少し軽く扱われていると思います。
では、ホームではどうなのか。本作に続くアルバムは、再びブラジルで製作されました。1993年のこの作品は『Revendo Amigos』、日本では『友と再び』というタイトルがつけられました。タイトル通り、親しいミュージシャンを次々とゲストとして参加させた、まさにホームに仲間をよんだ、そういうアルバムになっています。華やかさよりも日常の奥の深さとでも言うのでしょうか。多分、このアルバムによって、Joyceは自分を取り戻そうとしたのだと思います。それはそれでいいのです。けれども、ぼくの耳には、『Language And Love』の方がしっくりくるのです。
『Language And Love』の1曲目は「Caymmis」というインスト。ここですでに、Joyceのアコースティックギターのすばらしいプレイが披露されます。Joyceには何でもないプレイだと思うのですが、アメリカ人にとっては新鮮だったのかもしれません。ここから、Joyceの華やかさや弾けるプレイをピックアップしたアルバムがスタートします。それは、アメリカ人におけるJoyceの発見だったのかもしれません。
このアルバムを代表する曲は、「Chica-Chica-Boom-Chic」という短い曲かもしれません。スキャットのようでいてポップにはじけている。何でもないような曲がアクセントとなって、アルバム全体を引き締めています。
Joyce自身が求めるJoyceらしさではなく、アメリカ音楽業界が求めるJoyceらしさには、『言葉と愛』を意味する英語のタイトルがつけられました。けれども、アメリカから輸入される音楽が耳になじんだ日本人にとっては、アウェーでより端整でポップに製作された音楽に、つい魅かれてしまうのだと思います。そしてぼくもその一人ということになります。
ベテランのボサ・ノヴァ・シンガーJoyceに出あったのは、渋谷にあったCDショップのFriscoでした。そこでかけられていたのが、『Language And Love』だったのです。Joyceの長いキャリア、数多くあるアルバムの中でも、今もってぼくはこのアルバムがとても好きなのです。けれどもそれは、ぼく自身がワールドミュージックにはまりこんでいく、その限界でもあった、そう思わずにはいられないのです。1991年に発表されたアルバムは、Joyceのキャリアにおいても、異色のものでした。洗練されたアレンジの、ほんとうにとても聴きやすいボサ・ノヴァのアルバムは、Joyceがアメリカでレコーディングしたものだったのです。それは、日本のアーティストがアメリカに進出していくことと似ているのかもしれません。そうしてできたアルバムは、これまでのJoyceのどのアルバムと較べても華やかなデザインのジャケットでしたし、音もその通りのものでした。Joyceはベテランシンガーとして、年齢を隠さないというところも、とても大切なことだと思うのですが、このアルバムに関しては、Joyceの顔にはソフトフォーカスがかけられており、アメリカのレコード会社が、「おばさんっぽいと売れないよな」と思っていることがよくわかります。
当時、日本ではすでにボサ・ノヴァはブームになっていました。何よりもまだデビューしたばかりの小野リサの存在が大きいと思います。そして、ではベテランシンガーによるボサ・ノヴァとはどういうものなのか。その答えがJoyceでした。
けれども、皮肉なことに、Joyceの日本での人気につながったのは、本作とその前作にあたる『Music Inside』だったというわけです。
サッカーでよく、ホームとアウェーといいます。プロ野球で言えば、ホームとビジターというところでしょうか。結局、アメリカで製作した2枚のアルバムは、アウェーでの仕事だったということになります。それゆえ、Joyceのディスコグラフィーの中でも、この2枚は少し軽く扱われていると思います。では、ホームではどうなのか。本作に続くアルバムは、再びブラジルで製作されました。1993年のこの作品は『Revendo Amigos』、日本では『友と再び』というタイトルがつけられました。タイトル通り、親しいミュージシャンを次々とゲストとして参加させた、まさにホームに仲間をよんだ、そういうアルバムになっています。華やかさよりも日常の奥の深さとでも言うのでしょうか。多分、このアルバムによって、Joyceは自分を取り戻そうとしたのだと思います。それはそれでいいのです。けれども、ぼくの耳には、『Language And Love』の方がしっくりくるのです。
『Language And Love』の1曲目は「Caymmis」というインスト。ここですでに、Joyceのアコースティックギターのすばらしいプレイが披露されます。Joyceには何でもないプレイだと思うのですが、アメリカ人にとっては新鮮だったのかもしれません。ここから、Joyceの華やかさや弾けるプレイをピックアップしたアルバムがスタートします。それは、アメリカ人におけるJoyceの発見だったのかもしれません。このアルバムを代表する曲は、「Chica-Chica-Boom-Chic」という短い曲かもしれません。スキャットのようでいてポップにはじけている。何でもないような曲がアクセントとなって、アルバム全体を引き締めています。
Joyce自身が求めるJoyceらしさではなく、アメリカ音楽業界が求めるJoyceらしさには、『言葉と愛』を意味する英語のタイトルがつけられました。けれども、アメリカから輸入される音楽が耳になじんだ日本人にとっては、アウェーでより端整でポップに製作された音楽に、つい魅かれてしまうのだと思います。そしてぼくもその一人ということになります。





