イエス・ミュージックの夜16 イゴール・コロシェフとハウス・オブ・イエス
イエスの歴代メンバーには、スイスや南アフリカ出身もいましたが、とりわけロシア出身というのは異色です。アメリカンドリームを求めて渡米し、ビッグネームの正式メンバーになるのですから、それだけでも十分にドラマチックです。そうしたイゴールの音楽活動は、まだ始まったばかりだと思っています。
Yesのライブアルバムの中で、ぼくが最も好きなのは、2000年の『HOUSE Of Yes〜Live From House Of Blues』です。客観的には、『Yes Songs』の方が優れたライブアルバムなのかもしれません。主要メンバーはまだ若く、全盛期の演奏だとは思います。けれども、新曲と新しい音によるクラシック・ナンバーが収録され、ショウとしても完成しているこのアルバムは、聞いていてとても気持ちがいいのです。
6人Yesのいいところは、とりわけギターパートにおいてSteve HoweとBilly Sherwoodの二人によるさまざまな展開が可能だし、それゆえ幅の広い演奏ができるということです。Rick Wakemanのかわりにキーボードを担当したIgor Khoroshevもまた、華麗な演奏を披露しています。Rickよりも薄っぺらい音だという批判もありますが、決して悪いとは思わないのです。
Igorはモスクワ生まれのロシア人で、4歳からピアノを習い、90年代にアメリカに渡ってセッション活動を続けます。Yesに参加したきっかけは、その音を聞いたJon Andersonが彼を連れてきたということによります。
最初に参加したのは、『Open Your Eyes』でしたが、ここではゲストとして3曲のみの参加となっています。しかしツアーにはそのままサポートメンバーとして参加し、キーボード全てを担当します。そのまま、正式メンバーに昇格し、『The Ladder』をレコーディングします。このアルバムのツアーでの演奏が、先のライブアルバム『House Of Yes〜』となっているわけです。
Igorが好きなYesのアルバムは『Relayer』だといいます。遠いロシアでYesの音楽をずっと聴いて育ったというわけです。そうした青年がロシアを脱出し、やがてYesの正式メンバーとなるというのは、ある意味ではシンデレラ・ストーリーだと思うのです。あるいは、アメリカン・ドリームとでも言うのでしょうか。クラシック・ピアノをしっかりと学んだIgorのプレイはそつがなく、『House Of Yes〜』では新曲は当然のことながら、その他の曲でも、彼自身の音を出しながら、しっかりと演奏しています。そのことそのものが、ぼくの耳に心地よく聴こえるのです。
けれども、IgorにおけるYesというのは、そこがピークでした。
まず、YesからBillyが脱退してしまいます。表向きは自分の音楽活動に専念するため、です。しかし、ギタリストとしては常にSteve Howeが表に立ち、Billyはほとんどサポートをしているという演奏スタイルはフラストレーションがたまるものだったでしょう。
そして5人になったYesは引き続き、Master Worksツアーを開始します。これは、ファンのリクエストによって選んだ曲を演奏するというものでした。ステージの時間が短い代わりに、「Close To The Edge」や「Ritual」をはじめ、Patrick Moraz脱退後は演奏されることがなかった「The Gates Of Delirium」など20分を越える大作を次々と演奏するという内容でした。とりわけ、「The Gates Of Delirium」は久し振りの演奏になるため、メンバーもよく覚えていなかったとも言います。
そうした状況の中で、唯一の若手ミュージシャンとなったロシア人にとって、どれほどプレッシャーが大きかったのでしょうか。想像するしかないのですが、相当なものだったと思うのです。
そうした状況の中で、事件が起きました。Igorは酔って女性に暴力をはたらいてしまったのです。それは、品行方正なYesにおいては、あってはならないことでした。ツアーは最後まで行われましたが、Igorは脱退し、4人になったYesはキーボードが不在であることをきっかけに、オーケストラをバックにしたアルバムの製作に入ります。
6人Yesのいいところは、とりわけギターパートにおいてSteve HoweとBilly Sherwoodの二人によるさまざまな展開が可能だし、それゆえ幅の広い演奏ができるということです。Rick Wakemanのかわりにキーボードを担当したIgor Khoroshevもまた、華麗な演奏を披露しています。Rickよりも薄っぺらい音だという批判もありますが、決して悪いとは思わないのです。Igorはモスクワ生まれのロシア人で、4歳からピアノを習い、90年代にアメリカに渡ってセッション活動を続けます。Yesに参加したきっかけは、その音を聞いたJon Andersonが彼を連れてきたということによります。
最初に参加したのは、『Open Your Eyes』でしたが、ここではゲストとして3曲のみの参加となっています。しかしツアーにはそのままサポートメンバーとして参加し、キーボード全てを担当します。そのまま、正式メンバーに昇格し、『The Ladder』をレコーディングします。このアルバムのツアーでの演奏が、先のライブアルバム『House Of Yes〜』となっているわけです。
Igorが好きなYesのアルバムは『Relayer』だといいます。遠いロシアでYesの音楽をずっと聴いて育ったというわけです。そうした青年がロシアを脱出し、やがてYesの正式メンバーとなるというのは、ある意味ではシンデレラ・ストーリーだと思うのです。あるいは、アメリカン・ドリームとでも言うのでしょうか。クラシック・ピアノをしっかりと学んだIgorのプレイはそつがなく、『House Of Yes〜』では新曲は当然のことながら、その他の曲でも、彼自身の音を出しながら、しっかりと演奏しています。そのことそのものが、ぼくの耳に心地よく聴こえるのです。
けれども、IgorにおけるYesというのは、そこがピークでした。まず、YesからBillyが脱退してしまいます。表向きは自分の音楽活動に専念するため、です。しかし、ギタリストとしては常にSteve Howeが表に立ち、Billyはほとんどサポートをしているという演奏スタイルはフラストレーションがたまるものだったでしょう。
そして5人になったYesは引き続き、Master Worksツアーを開始します。これは、ファンのリクエストによって選んだ曲を演奏するというものでした。ステージの時間が短い代わりに、「Close To The Edge」や「Ritual」をはじめ、Patrick Moraz脱退後は演奏されることがなかった「The Gates Of Delirium」など20分を越える大作を次々と演奏するという内容でした。とりわけ、「The Gates Of Delirium」は久し振りの演奏になるため、メンバーもよく覚えていなかったとも言います。
そうした状況の中で、唯一の若手ミュージシャンとなったロシア人にとって、どれほどプレッシャーが大きかったのでしょうか。想像するしかないのですが、相当なものだったと思うのです。
そうした状況の中で、事件が起きました。Igorは酔って女性に暴力をはたらいてしまったのです。それは、品行方正なYesにおいては、あってはならないことでした。ツアーは最後まで行われましたが、Igorは脱退し、4人になったYesはキーボードが不在であることをきっかけに、オーケストラをバックにしたアルバムの製作に入ります。








