イエス・ミュージックの夜15 ブルース・フェアバーンとザ・ラダー
ブルース・フェアバーンは、ボン・ジョヴィやエアロスミスなどを手がけてきた、いわばハードロック系のプロデューサーです。若いメンバーを加えたイエスは新しいアルバムのプロデューサーとして彼を起用し、新しいイエスの音を作り出しました。けれどもこのアルバムは、ブルースの最後のプロデュースになってしまいました。
Yesが1999年に発表したアルバム『The Ladder』は、ベストとは言わないまでも、代表作の一つだと思っています。多くのベテランバンドが新しい音を出せず、昔の名前だけで活動していますし、Yesにおいてもあてはまらないこともない、そういう気がしないでもないのですが、そうした中において、『The Ladder』はバンドとして新しい音を奏でている、そういうアルバムになっています。それは、YesがYesらしさを持ったまま、90年代のポップミュージックを演奏している、ということだと思います。

このアルバムは、セールス的には十分な成功を収めませんでしたが、作品としてはとても質の高いものになりました。1曲目の「Home World」はYesらしい組曲風の作品になっていますが、同時にゲームのための音楽という、これまでなかったメディア展開をしています。また、最初のシングルとなった「Lightning Strikes」はラジオの音、アコースティックギターからソリッドでポップな音にめまぐるしく変化していく、そんな曲です。その他にも、「We Have Heaven」の続編のような「Can I?」をはじめ、上手にアレンジされた聞き飽きしない、耳に残るハードでポップな曲が並んでいます。詞もJon Andersonの文学的で神秘的なテイストが全開です。
ジャケットもRodger Deanによるデザインですが、ロゴは『Close To The Edge』以来のおなじみのものではなく、『Yes Years』というボックスセットで初めて使われた、四角いデザインのものになっています。古いYesと新しいYesが同居した、そんな意味合いがあるのでしょうか。
この作品の高い完成度の背景には、一つはBilly SherwoodとIgor Khoroshevという二人の若いメンバーの参加がありました。ですが、それだけであれば、前作の『Open Your Eyes』と変らない出来だったと思います。
むしろ、プロデューサーとして起用された、Bruce Fairbairnの力が大きかったと思います。それは、Yesにとっても冒険だったはずです。Bruceは、プログレッシブロックというよりも、Bon JoviやAerosmithといったハードロックバンドのプロデュースを行ってきたプロデューサーだからです。そこに、Yesという新しいバンドの可能性を求めたといえるでしょう。

Bruceはレコーディングを開始するにあたり、メンバーにこう言いました。
「Yesの最高のアルバムを作ろう、休むのはそれからでいい」
その言葉でメンバーが一つになりました。そして、かつてのようにメンバー間で対立して誰かが出ていったりとか、そうしたことはなく、カナダのバンクーバーで順調にレコーディングが続けられたのです。
しかし、悲劇が起きました。レコーディングが終了し、あとはミックスダウンだけという段階になったときに、Bruceが急死します。アルバムは問題なく完成しましたが、Bruceは生きているうちにその音を聞くことができませんでした。ハードロックの名プロデューサーがベテランプログレバンドをどのようにプロデュースしたのか、おそらく天国で聞いていることでしょう。
『The Ladder』はそのBruceに捧げられています。アルバムに封入されたポスターには、Bruceについて、メンバーがどのように思っているかが記されています。メンバーは最初に示したBruceの言葉をすぐに理解しました。Yesの音楽の完成を手助けする、偉大なプロデューサーであり、教師であり、そして、共に喜びを分かち合う存在であった、と。
Bruceが急死したから、そのようにきれいごとが言われているということではありません。このアルバムを聞けば、Yesというバンドが持てる力を全て出していることがよくわかります。

このアルバムは、セールス的には十分な成功を収めませんでしたが、作品としてはとても質の高いものになりました。1曲目の「Home World」はYesらしい組曲風の作品になっていますが、同時にゲームのための音楽という、これまでなかったメディア展開をしています。また、最初のシングルとなった「Lightning Strikes」はラジオの音、アコースティックギターからソリッドでポップな音にめまぐるしく変化していく、そんな曲です。その他にも、「We Have Heaven」の続編のような「Can I?」をはじめ、上手にアレンジされた聞き飽きしない、耳に残るハードでポップな曲が並んでいます。詞もJon Andersonの文学的で神秘的なテイストが全開です。
ジャケットもRodger Deanによるデザインですが、ロゴは『Close To The Edge』以来のおなじみのものではなく、『Yes Years』というボックスセットで初めて使われた、四角いデザインのものになっています。古いYesと新しいYesが同居した、そんな意味合いがあるのでしょうか。
この作品の高い完成度の背景には、一つはBilly SherwoodとIgor Khoroshevという二人の若いメンバーの参加がありました。ですが、それだけであれば、前作の『Open Your Eyes』と変らない出来だったと思います。
むしろ、プロデューサーとして起用された、Bruce Fairbairnの力が大きかったと思います。それは、Yesにとっても冒険だったはずです。Bruceは、プログレッシブロックというよりも、Bon JoviやAerosmithといったハードロックバンドのプロデュースを行ってきたプロデューサーだからです。そこに、Yesという新しいバンドの可能性を求めたといえるでしょう。

Bruceはレコーディングを開始するにあたり、メンバーにこう言いました。
「Yesの最高のアルバムを作ろう、休むのはそれからでいい」
その言葉でメンバーが一つになりました。そして、かつてのようにメンバー間で対立して誰かが出ていったりとか、そうしたことはなく、カナダのバンクーバーで順調にレコーディングが続けられたのです。
しかし、悲劇が起きました。レコーディングが終了し、あとはミックスダウンだけという段階になったときに、Bruceが急死します。アルバムは問題なく完成しましたが、Bruceは生きているうちにその音を聞くことができませんでした。ハードロックの名プロデューサーがベテランプログレバンドをどのようにプロデュースしたのか、おそらく天国で聞いていることでしょう。
『The Ladder』はそのBruceに捧げられています。アルバムに封入されたポスターには、Bruceについて、メンバーがどのように思っているかが記されています。メンバーは最初に示したBruceの言葉をすぐに理解しました。Yesの音楽の完成を手助けする、偉大なプロデューサーであり、教師であり、そして、共に喜びを分かち合う存在であった、と。
Bruceが急死したから、そのようにきれいごとが言われているということではありません。このアルバムを聞けば、Yesというバンドが持てる力を全て出していることがよくわかります。





