イエス・ミュージックの夜11 トレバー・ホーンとロンリー・ハート
一方、ChrisとAlanの二人は、南アフリカ出身の若手ミュージシャンだったTrevor Rabinとともに新バンドCinemaを結成し、とこに同じく元YesのTony Kayeが参加します。そして、Trevor Hornがこのバンドのアルバムをプロデュースするのです。アルバムは完成直前までいくのですが、何かが不足していました。そこで急遽、ボーカリストとしてJon Andersonを呼び戻します。

Jonはあらためて、このバンドの曲「Hearts」を歌いました。それを聞いたTrevor Rabinは、あらためてこのバンドにJonが必要だと思ったといいます。
この新しいバンドのメンバーを見れば、まさにYesでした。そして、再結成されたYesのアルバムとして、『90125』がリリースされました。
それは、Trevor Hornがテクノポップを通じて培った、打ち込みやサンプリング、オーケスラ・ヒットを多用した、まさにテクノに武装されたポップなYesでした。旧来のYesファンからは、これはYesではないという批評を受け、今でも9012Yesという別のバンドだと言う人もいます。しかし、『Drama』と決定的に違っていたのは、昔のYesにはこだわらなかったということと、そうした思い切りの良さを持って製作されたこと、その結果としてシングルカットされた「Owner Of A Lonely Heart」の全米第一位を含めた大ヒットとなったということです。さらに「Cinema」はグラミー賞のロック・インストゥルメンタル部門を受賞しています。

『90125』ではTrevor Hornはプロデュースに加え、何曲かにはコンポーザーとしてもクレジットされています。けれども、思うのですが、かつて自分がボーカルを担当していたバンドにおいて、裏方にまわり、プロデュースするというのは、どのような気持ちだったのか、ということなのです。たとえ、プロデューサーとして成功した状況であったとしても。そしてそれが、自分がかかわったバンドの作品として大成功を収めたものだとしたら。
Trevor Hornがプロデュースに専念することで、失われてしまったものもあります。彼の声はもちろんなのですが、実はテクノポップということとは裏腹に、かなりウェットな面を持っているミュージシャンだったと思うのです。それは矛盾することではありません。そのことが、Bugglesのアルバムや『Drama』をじっくりと聞かせるものにしていると思います。けれども、それだけではヒットしない、ということです。
カメラだけがその愛を見ていた、そんなラブソング「I Am A Camera」、サイバーパンクに先行するニューウェーブSF作家であるJ.G.Ballardのセンチメンタルでファンタジックな作品をモチーフにした「Vermillion Sands」、ノスタルジックな「Beatnik」そんな作品が収められたBugglesのセカンドアルバムは、おそらくTrevor Hornという人がよくわかる作品だと思います。

その後、Trevor HornはZTTレーベルのミュージシャン、例えばFrankie Goes To HollywoodやThe Art Of Noiseのプロデュースを行い、次々とヒットさせます。ロシアの女性デュオ、t.A.T.u.もアメリカでのレコーディング部分はプロデュースしていました。
そんなプロデュース業に専念していたTrevor Hornですが、数年前に彼のプロデュース業25周年記念イベントで久々にステージに立ちました。このときはGeoffreyとともにBugglesとして演奏しています。そして、現在、The Producersというバンドを結成し、3月にはアルバムのレコーディングを終了させたということです。メンバーはツインギターにキーボードにドラム、もちろんTrevor Hornはベースとボーカルです。さて、どんな音なのでしょうか。

Jonはあらためて、このバンドの曲「Hearts」を歌いました。それを聞いたTrevor Rabinは、あらためてこのバンドにJonが必要だと思ったといいます。
この新しいバンドのメンバーを見れば、まさにYesでした。そして、再結成されたYesのアルバムとして、『90125』がリリースされました。
それは、Trevor Hornがテクノポップを通じて培った、打ち込みやサンプリング、オーケスラ・ヒットを多用した、まさにテクノに武装されたポップなYesでした。旧来のYesファンからは、これはYesではないという批評を受け、今でも9012Yesという別のバンドだと言う人もいます。しかし、『Drama』と決定的に違っていたのは、昔のYesにはこだわらなかったということと、そうした思い切りの良さを持って製作されたこと、その結果としてシングルカットされた「Owner Of A Lonely Heart」の全米第一位を含めた大ヒットとなったということです。さらに「Cinema」はグラミー賞のロック・インストゥルメンタル部門を受賞しています。

『90125』ではTrevor Hornはプロデュースに加え、何曲かにはコンポーザーとしてもクレジットされています。けれども、思うのですが、かつて自分がボーカルを担当していたバンドにおいて、裏方にまわり、プロデュースするというのは、どのような気持ちだったのか、ということなのです。たとえ、プロデューサーとして成功した状況であったとしても。そしてそれが、自分がかかわったバンドの作品として大成功を収めたものだとしたら。
Trevor Hornがプロデュースに専念することで、失われてしまったものもあります。彼の声はもちろんなのですが、実はテクノポップということとは裏腹に、かなりウェットな面を持っているミュージシャンだったと思うのです。それは矛盾することではありません。そのことが、Bugglesのアルバムや『Drama』をじっくりと聞かせるものにしていると思います。けれども、それだけではヒットしない、ということです。
カメラだけがその愛を見ていた、そんなラブソング「I Am A Camera」、サイバーパンクに先行するニューウェーブSF作家であるJ.G.Ballardのセンチメンタルでファンタジックな作品をモチーフにした「Vermillion Sands」、ノスタルジックな「Beatnik」そんな作品が収められたBugglesのセカンドアルバムは、おそらくTrevor Hornという人がよくわかる作品だと思います。

その後、Trevor HornはZTTレーベルのミュージシャン、例えばFrankie Goes To HollywoodやThe Art Of Noiseのプロデュースを行い、次々とヒットさせます。ロシアの女性デュオ、t.A.T.u.もアメリカでのレコーディング部分はプロデュースしていました。
そんなプロデュース業に専念していたTrevor Hornですが、数年前に彼のプロデュース業25周年記念イベントで久々にステージに立ちました。このときはGeoffreyとともにBugglesとして演奏しています。そして、現在、The Producersというバンドを結成し、3月にはアルバムのレコーディングを終了させたということです。メンバーはツインギターにキーボードにドラム、もちろんTrevor Hornはベースとボーカルです。さて、どんな音なのでしょうか。





