ディーバの囁き3 クレア・ハミルとヴォイセズ
キンクスのレイ・デイヴィスがほれ込んだ女性シンガーのクレア・ハミルは、70年代に注目され、活躍したミュージシャンでした。けれども、自らのボーカルを楽器に変えた80年代の「ヴォイセズ」を転機に、円熟したミュージシャンとして、地味ながら質の高い大人の音楽を発表するようになっていきました。今夜はその転機となったアルバムを紹介します。
プログレッシブロックのファンの間では、Annie Haslamと並ぶ歌姫というと、Claire Hamillだと思います。音楽ジャンルとしては、イギリスのフォークシンガー、ソングライターということになるのかもしれませんが、そこにとどまらない活動、つまりはのびやかな歌声と計算された高い音楽性ということでしょうか。その意味では、少し後のKate Bushとかぶる位置にあるかもしれません。
デビューは意外と古く、1971年の『One House Left Standing』が最初のアルバムです。当時まだ17歳だったようです。
傑作というと、72年のセカンドアルバム『October』かもしれません。Yesファンにとっては、Alan Whiteがドラムを叩いているということで記憶されているかとも思います。Alanにとどまらない実力あるメンバーがバックを支え、元The YardbirdsのPaul Samwell=Smithをプロデューサーに迎えて制作されたアルバムです。10代のはずなのに、少女という感じはまるでなく、十分に大人のシンガーという感触です。
その後、The KinksのRay Daviesをプロデューサーに迎えた『Stage Door Johnnies』、Philip McDonaldとともにセルフプロデュースした『Abracadabra』などをリリースし、70年代の彼女の活躍は続きます。
それにしても、10代から20代前半にかけて、子供っぽさがまるでない作品を制作することができたのは、プロデューサーの力だけではないと思います。イングランド北部出身の彼女は、7人兄弟・姉妹の長女であり、12歳のときに両親が離婚するという経験をしています。こうした背景が、彼女の早熟な才能の背景にあるのだと思います。
彼女の転機は、外部からやってきます。70年代後半のパンクムーヴメントです。Sex Pistolsに代表される破壊的な音楽と政治的なメッセージは、音楽シーンを根底から変えてしまいました。それは、70年代に確立されたハードロックとプログレッシヴロックという完成したスタイルが保守的なものに変質していくことに対する反動でもあったと思います。ですから、Yesもこれとは無縁ではなく、『Tormato』における裏ジャケットの革ジャン姿にそのことがよく表されています。当時のインタビューで、Chris Squireは、「みんなで酔っ払ってスタジオに入ってレコーディングし、パンクなロックもやってみたい」という発言をしています。
しかしClaireの場合はむしろ沈黙という方向に向かいます。そして1980年にはNick Austinと結婚し、全く異なる音楽ビジネスに触れることになります。そこで2枚のシングルを発表しましたが、まったく受け入れられませんでした。Nickから受けた影響が結実するまでには、もう少し時間がかかることになります。
そして今回、紹介するアルバムは、80年代後半にリリースされ、彼女のもっとも成功したアルバムの一つである『Voices』です。ここで、Claireはこれまでと全く異なる音楽を奏でています。そう、歌っているというのとは少し違うのです。
『Voices』は、Rock Wakemanの『Country Airs』とともに、NEW AGEのLandscapeというシリーズでリリースされました。Claireは自らのボーカルを多重録音し、インストゥルメンタルのアルバムに仕上げたのです。それは地声だけではなく、テープの回転数を落とした低音までをも含み、他の楽器もすべて自ら演奏しています。ポップミュージックというジャンルの外にある、いわゆるニューエイジミュージックというジャンルの、どちらかといえばクラシック音楽に近いものです。このジャンルでは、チャートで1位を獲得しています。
『Voices』は86年にリリースされました。四季をテーマに、「Awaken…Larkrise」という春を告げるヒバリの声で始まり、冬をテーマにした「Sleep」まで、全10曲が奏でられます。そこには言葉はなく、四季の情景・歓び、そういった感触が音楽の中につまっています。単純に聞きやすいインストアルバムというのではなく、自然への想いがしっかりと主張された音楽でもあるのです。パンクムーブメントにおいて、その政治的メッセージに乗れなかった彼女にとって、むしろ政治的なことというのは、こうした自然への畏敬ということにあったのだと思います。確かに考えてみれば、『October』の裏ジャケットの写真、木立と草むらの間で飛び跳ねる少女のような彼女の姿は、都会的なポップミュージックのシンガー・ソングライターとはまったく別のものでしたし、そこにもう一人のClaireがいたことが、再発見された、そういうことかもしれません。
Claireはこのアルバムを発表後、ニューエイジの他のミュージシャンとともに来日し、青山でライブを行っています。このときのトリはRick Wakemanでした。彼女は一人でステージに立ち、バッキングトラックに合わせて幻想的な歌声を聞かせてくれました。
デビューは意外と古く、1971年の『One House Left Standing』が最初のアルバムです。当時まだ17歳だったようです。傑作というと、72年のセカンドアルバム『October』かもしれません。Yesファンにとっては、Alan Whiteがドラムを叩いているということで記憶されているかとも思います。Alanにとどまらない実力あるメンバーがバックを支え、元The YardbirdsのPaul Samwell=Smithをプロデューサーに迎えて制作されたアルバムです。10代のはずなのに、少女という感じはまるでなく、十分に大人のシンガーという感触です。
その後、The KinksのRay Daviesをプロデューサーに迎えた『Stage Door Johnnies』、Philip McDonaldとともにセルフプロデュースした『Abracadabra』などをリリースし、70年代の彼女の活躍は続きます。
それにしても、10代から20代前半にかけて、子供っぽさがまるでない作品を制作することができたのは、プロデューサーの力だけではないと思います。イングランド北部出身の彼女は、7人兄弟・姉妹の長女であり、12歳のときに両親が離婚するという経験をしています。こうした背景が、彼女の早熟な才能の背景にあるのだと思います。
彼女の転機は、外部からやってきます。70年代後半のパンクムーヴメントです。Sex Pistolsに代表される破壊的な音楽と政治的なメッセージは、音楽シーンを根底から変えてしまいました。それは、70年代に確立されたハードロックとプログレッシヴロックという完成したスタイルが保守的なものに変質していくことに対する反動でもあったと思います。ですから、Yesもこれとは無縁ではなく、『Tormato』における裏ジャケットの革ジャン姿にそのことがよく表されています。当時のインタビューで、Chris Squireは、「みんなで酔っ払ってスタジオに入ってレコーディングし、パンクなロックもやってみたい」という発言をしています。しかしClaireの場合はむしろ沈黙という方向に向かいます。そして1980年にはNick Austinと結婚し、全く異なる音楽ビジネスに触れることになります。そこで2枚のシングルを発表しましたが、まったく受け入れられませんでした。Nickから受けた影響が結実するまでには、もう少し時間がかかることになります。
そして今回、紹介するアルバムは、80年代後半にリリースされ、彼女のもっとも成功したアルバムの一つである『Voices』です。ここで、Claireはこれまでと全く異なる音楽を奏でています。そう、歌っているというのとは少し違うのです。『Voices』は、Rock Wakemanの『Country Airs』とともに、NEW AGEのLandscapeというシリーズでリリースされました。Claireは自らのボーカルを多重録音し、インストゥルメンタルのアルバムに仕上げたのです。それは地声だけではなく、テープの回転数を落とした低音までをも含み、他の楽器もすべて自ら演奏しています。ポップミュージックというジャンルの外にある、いわゆるニューエイジミュージックというジャンルの、どちらかといえばクラシック音楽に近いものです。このジャンルでは、チャートで1位を獲得しています。
『Voices』は86年にリリースされました。四季をテーマに、「Awaken…Larkrise」という春を告げるヒバリの声で始まり、冬をテーマにした「Sleep」まで、全10曲が奏でられます。そこには言葉はなく、四季の情景・歓び、そういった感触が音楽の中につまっています。単純に聞きやすいインストアルバムというのではなく、自然への想いがしっかりと主張された音楽でもあるのです。パンクムーブメントにおいて、その政治的メッセージに乗れなかった彼女にとって、むしろ政治的なことというのは、こうした自然への畏敬ということにあったのだと思います。確かに考えてみれば、『October』の裏ジャケットの写真、木立と草むらの間で飛び跳ねる少女のような彼女の姿は、都会的なポップミュージックのシンガー・ソングライターとはまったく別のものでしたし、そこにもう一人のClaireがいたことが、再発見された、そういうことかもしれません。
Claireはこのアルバムを発表後、ニューエイジの他のミュージシャンとともに来日し、青山でライブを行っています。このときのトリはRick Wakemanでした。彼女は一人でステージに立ち、バッキングトラックに合わせて幻想的な歌声を聞かせてくれました。





