イエス・ミュージックの夜9 エディー・オフォードと危機
今夜はメンバーではなく、プロデューサーを紹介します。プロデュースするという作業が、ときに人の奥底まで入り込んでいく、何かを成しとげるときに、誰かの大きな助けが必要となるときがあります。ぼく自身、そういう人間でありたい、そんな想いを持っています。そんな気持ちを込めて、エディーの仕事を紹介します。
とても個人的なことになってしまうのだけれども、Eddie Offordが『Close To The Edge』において果した仕事というのは、出版プロデュースの仕事をする立場からすると、ほんとうにリスペクトしなくてはいけない、そういうものです。
EddieがYesのアルバムのプロデューサーとして活躍するようになったのは、3枚目の『The Yes Album』からでした。そのスタイルは、音の塊としてシャープな輪郭を持ったもの、とでも言うのでしょうか。Yesが作ろうとしていた、立体的な音楽の空間を、質感のあるものに仕上げていく。そのためには不可欠な存在だったと思います。けれども、そのEddieにとっても、Yesの5枚目『Close To The Edge』は特別な存在だと思うのです。

『Fragile』で大成功を収めたYesは、さらにそれを発展させたアルバムの製作にとりかかりました。そこでは、Jon AndersonとSteve Howeによる組曲「Close To The Edge」という20分近い作品が録音されることになります。けれども、そのレコーディングは難航しました。5人のミュージシャンのエゴがぶつかり合い、誰もが自分の音を大きく目立たせようとします。アレンジはまとまらず、時には1小節ごとのレコーディングとなっていきます。この様子にうんざりしたBill Brufordは、メンバーから離れ、紙コップを並べてドラムのかわりに叩いていた、という話もありました。それほどまでに、メンバーは消耗し、録音されたテープの山だけが築かれたということです。
けれども、このテープの山はプロデューサーの手によって編集され、「Close To The Edge」という曲として完成します。完成後、メンバーは誰もこの曲の演奏のしかたがわからず、あらためて覚えなくてはいけなかった、そんな話までありました。
あらためて、『Close To The Edge』のタイトル曲を聞いてみます。川のせせらぎのようなサウンド・エフェクトから、曲がスタートします。そして、演奏のテンションは最初から最高潮に達しています。それぞれの演奏が調和している、というのではありません。とりわけ、Chris Squireのベースは勝手に低音部のメロディをつくっているし、リズム隊などおかまいなしに、Steveはギターを弾いている、そんな印象すらあります。これは、第二楽章の「Total Mass Retain」で顕著な気がします。誰かの演奏が別の誰かをサポートしているわけではないし、それは同時にゴールに向かって走っている、そんな印象すら持ちます。けれども、そうしたプレイの一つ一つを拾い集め、音楽として破壊される直前で踏みとどまっている、そんな作品だと思います。

そんな音楽を聴きながら、このアルバムの裏ジャケットを見ると、6人の肖像写真がプリントされていることに気づくはずです。このアルバムにおいては、Eddieは確かに、Yesの6人目のメンバーとしか言い様のない存在だったからです。
余談ですが、本当にこのアルバムの邦題『危機』というのはぴったりでした。担当者は音を聞かずにタイトルをつけたということですが。
Eddieはその後、『Relayer』まで参加したあと、一度はYesを離れます。『Going For The One』の製作においては、各メンバーはエゴを抑えることができるようになっていたかと思います。また、Yesそのものも大作指向から離れていきます。
しかし、1979年、Yesは『Tormato』に続くアルバムをパリで録音中に分解してしまいます。JonとRick Wakemanが脱退してしまうのです。残ったメンバーは、「Video Killed The Radio Star」のヒットで有名になったThe Bugglesの二人を向かえ、『Drama』を製作します。このとき、プロデューサーとして再びEddieが呼び戻されました。全面的なプロデュースになったわけではありませんが、『Relayer』以前の大作指向のYesのテイストを呼び戻すことに成功しています。

プロデュースするという仕事は、一様ではありません。出版に限っても、著者の書きたいこと・伝えたいことをどのように引き出していくのか、まとめていくのか、それは著者ごとに、本ごとに違います。下書き原稿の山を目の前にして、それをつなぎ直していくということもあります。編集者としてレイアウトの指定だけをすればいい、ということもあります。大切なことは、その人がつくりたいものを、その人の中に入り込んで具体化していく、そのために欠けているものをすべておぎなっていく、そういうことなのだと思います。ですから、音楽プロデューサーでも動揺に仕事や役割はさまざまです。そして、ぼく自身もプロデュースされることがあります。この原稿を書いている今日、自分の著書を校了にしたのですが、本当に担当編集者の努力がなければ、本は形になりませんでした。





