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2007/12/01

港が見える丘 横浜vs神戸

歌謡曲「港が見える丘」の舞台どこか。横浜か、神戸か。その謎を解くべきコツコツと調べてきた。「港が見える丘」の作詞・作曲者は東辰三。「君待てども」、「泪の乾杯」等ノスタルジックな歌謡曲を残している。

最近、「恋も泪も夜の雨」という歌謡曲の楽譜(左)を古本屋の目録を見て購入した。1948年(昭和23年)発行、定価は20円であるが、目録には2000円の売価がついていた。「恋も泪も夜の雨」の作詞は佐伯孝夫、作曲は東辰三である。この東辰三の名が気になり、この楽譜を購入したのだ。私は、ここ30年ばかり、「港が見える丘」について、いろいろと調べてきた。

「港が見える丘」というのは、「あなたと二人で、来た丘は、港が見える丘」という歌い出しの歌謡曲のこと。作詞・作曲は東辰三、1947年(昭和22年)に平野愛子が歌って大ヒットした。60年後の今日でも「懐メロ」等の番組で好んで歌われている。私は『神戸の本棚』(1983年・勁草書房)の中で、この歌をとりあげ、この歌と神戸の関係を紹介した。それが朝日新聞神戸支局の青木康行記者の目にとまり、私にインタビューを求めた。というのは、この歌の舞台は「横浜か神戸か」を解決しなければならない。

横浜港を望む高台に「港の見える丘公園」がある。公園には桜の木がある。港の光景も手に取るように見える。なるほど、ここは「港が見える丘」ゆかりの地だ。誰しもそう思ってしまうかも知れない。ところがである。私が『神戸の本棚』で指摘したように、よくよく調べてみると、疑問点が出てくる。第一に、歌が「港が見える丘」であるのに対し、公園は「港の見える丘公園」である。”が”と”の”の一字違いではあるが、この際こだわっておきたい。 第二に、歌ができたのは1947年(昭和22年)であるのに、公園が完成したのは1962年(昭和37年)のこと。少なくとも、公園が先にあって、歌があとから出来たのではない。ちなみに、「港が見える丘」の作詞・作曲をした東辰三は、公園がオープンするずっと以前の1950年(昭和25年)に他界している。

青木記者は横浜へも取材に赴いた。取材した結果は、横浜・神戸の地方版に連載された「二都物語」の第一回に取り上げられた。1990年(平成2年4月11日)付に「海の見える丘」というタイトルで掲載された。そこでで公園開設の経緯が紹介されている。横浜山手英国病院跡の跡地を、横浜市が6300万円かけて整備して公園にした。その際、公園の名前として「港が見える丘」、「港の見える丘」等の候補があったが、当時の半井清横浜市長が「港のみえる丘」と決めた。 なお、朝日新聞連載は、連載終了後『横浜・神戸 二都物語』(1991年、有隣堂)として刊行された(上)。





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