愛車

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2008/05/02

トライアスロン人生、最も長い一日〜2008年宮古島トライアスロン体験記

太陽の日差しも強まり、気温、湿度ともに最高潮になる頃、平良陸上競技場に戻ってきた。
いつもなら、ランシューズに履き替え、日除けの帽子を被ると、サッサとランに移るのだが、この日は、とにかく時間さえあれば休んでばかり。
着替えテントの中で、20分ほど横たわって身体を休めた。
もちろん、休みすぎることは良くないと分かっている。間延びしてしまうと、気力が萎えるだけでなく、筋肉が固まり、走れなくなることもあるから。
でも、身体が動かなかった。

そんなこんなでランスタートしたのが、14時頃。レーススタートから7時間近くも経っていた…。
頭から水をかぶっても、一瞬で蒸発してしまう。
宮古島の日中の暑さは、涼しい東京から来た私達にとっては厳しいもの。
こういう時は、喉の渇きを覚える前に、頻繁に水分や塩分を補給して、脱水症状や熱射病、筋肉の痙攣を起こさないように注意したいのだが、身体が何も受けつけない。飲んでも吐き気を催してしまう。
まさに最悪の状態だった。

10km地点までは宮古島市内を走る。コース上で最も応援がある場所だ。
どんなに疲れていても休むことは許されない。少しでも歩こうものなら、沿道から心優しい叱咤激励が飛んでくるから。
ところで余談だが、トライアスロンでは沿道で綺麗な女性を頻繁に見かける。
中でも、宮古島には心惑わせる美しい女性が多い。
こんなにヘロヘロでも、美しい女性の声援には敏感に反応してしまう。女性の前後300mだけは、ヤセ我慢で走れるのだ…。

男とは、単純だな…悲しい性ですね。

それにしても宮古島のランコースは面白い。
コース沿いの自宅前で、家族総出で応援している人達がいると思えば、自宅から持ち出してきた飲み物や食べ物をテーブルに並べて、選手に与えてくれる方もいらっしゃる。
もちろん、宮古島の島唄を謡い、踊りながら選手に元気をくれる方達もいるし、道端で飲み会に興じている人もいる。
まさに宮古島ならではの応援風景だ。

特に心に残るのが、島の中学生や高校生の純粋な気持ち。
…そういえば、自分にもこんな時代があったな…なんてことを思い出させてくれる、その健気な姿は、都会から来た私達の心に何かを訴えかけている様にも見える。

心の奥底に仕舞われている『感謝の気持ち』、『こんな時代だからこそ必要な思いやり』を、思い出させてくれる。
そして島の人達によって、心へのエネルギー注入がなされると、一歩一歩確実にゴールへと向かう気力が生まれてくるのだ。

私はそれまで、トライアスロンレースで、こんなに苦しいレースをした事がなかった。
充分過ぎるほどにトレーニングを重ね、心の自信も植付け、どちらかというと快適なレースができていた方だ。
トレーニング量・質の成果が確実に現れるのがスポーツである。当然のごとく知っている事実だった。
今回、私はトレーニングをさぼったら、この様な憂き目に合うのだ…というトライアスロンの神様から怒られた様な気もするが、その一方で、今までのレース以上に、ボランティアや沿道の応援の有り難さを痛感したことは無かった。
そして12時間近く走り続けることの大変さは、もしかしたら上位でフィニッシュする選手以上の気力と“沿道の応援をエネルギーに変える力”が必要なのではないか、と感じた。

フィニッシュまで残り5km。
長い一日を終えようとする選手を、ハイタッチで迎えてくれる沢山の人達が鈴なりの平良の街。陸上競技場へと続く最後の坂道を走っている時、私は学んだ。
“順位を超えた達成感”と充実感、そして感謝の気持ちを。

フィニッシュ後、濡れた靴下を脱ぐと4本の爪が内出血を起こしていた。
触ると激痛が走ったが、こんな状態で走りきれたのか、と驚くと同時に、今回のレースが常にリタイヤすれすれのところだった、ということが分かった。



宮古島が一年で最も熱くなる日、最高潮を迎えた平良陸上競技場には、最後の選手が戻ってきた事を告げる打ち上げ花火が、夜空を舞った。
同時に会場のアナウンスが、来年の25周年記念大会の抱負を述べる大会長(宮古島市長)の声を伝えていた。

ここにいるみんながトライアスロンを愛している。
最高に居心地のいい場所だ。
私も、体力が続く限り、何年連続で宮古島に出場できるか、チャレンジは続く。
そして、第2の故郷と言ってもいい、宮古島の新たな魅力を知ることができた今年のレースは一生忘れることのない、かけがえのない思い出として残るだろう。

<レース翌日>
レースから帰ってきた夜は、それはそれは泥の様に眠れました〜。
疲れきった体を、ふんわり温かい布団に、横たえた時の快感といったら…。至高の睡眠だ。

次の日の朝、起きあがると昨日の激闘の痕が体中に残っていた。
筋肉痛に、喉の痛み、胃もたれ、日焼けの激痛など…、まるで病人の様になってしまったが、宮古島トライアスロンはコレだけでは終わらない。
”第4の種目・たかつんや主催大バーべキュー大会”があるのさ!

夕方6時から、地元の演奏者による幻想的な民俗舞踊、そして宮古ミュージックの
大御所“のしなひろしライブ”に、近隣の住民方や、今大会で知り合った選手も入り乱れて、総勢80名の、飲めや歌えの大騒ぎが午前1時半まで続いたとか…。

『続いたとか…』と伝聞形になっているのは、実は私、午前12時には撃沈したようで、詳細については分かりません…。
地元の人から“オトーリ”を回されまくって、泡盛とビールを浴びるように飲んでしまった。
頑張ってデジカメで撮影してみたけど、ブレまくりっス。

途中から記憶が飛んで、気がついたら自分の部屋で寝ていた…。
いつ以来だろう…こんなに潰れたのは。
う〜ん、4種目目はリタイヤかも!?

こんな2008年のレースも終わってみれば、最高の思い出が沢山できた。
なにはともあれ、やっぱり宮古島は最高だった。

ところで、帰りの機内で、成績表を見ていて気がついたのだが、完走者は結構40代、50代そして60代が多いんですね。
正確ではないが、ザッとそれぞれの年代の完走者の人数を数えてみると…

<完走者 1.318人・完走率94%>
10代 2人
20代 100人
30代 370人
40代 490人
50代 280人
60代 80人
70代 1人

なんと40歳以上の人が840人以上もいたとは!
完走した人の6割以上。
世の40代、50代、そして60代の男達よ。今一度、自分の可能性を探ってみないか!?





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