愛車

  •  PR  
2007/04/27

五感を刺激するシーラカンス的“スポーツカー” 三菱ジープ その3

オープンの“快感”と幌一枚で自然を感じる三菱ジープ。しかし、子どもが生まれたことで、屋根壁付きの三菱ジープへと乗り換えることになった。ファミリーにとってもいいクルマだったが、今から乗れとなると…。

 オープンで走行できるのが最大の“快感”なのが幌の三菱ジープだ。しかし、オープンにして気持ちの良い季節は日本では、ほんのひとときしかない。

 例えば、5月連休が終わってから梅雨に入る前まで。それと9月の下旬、暑さが冷めてきて菜種梅雨に入るまでの時期が暑くもなく寒くもなくちょうど良いかげんだと思う。

 真夏は、確かに気持ちがいいのだが日差しが強く、オープンのままでは脱水症状になってしまう。屋根部分だけの幌(ビキニトップなどと言う)を付けて走ることになり、遮られない空の下を走るという“快感”にはならない。

 他の季節でも、天気のよって、幌を外したり付けたりすれば良いと思うかもしれないが、昨今の電動でオープンになるようなお気楽装置はなく、ホックを外しベルトを緩めて、と手作業が必要だ。
 さらに、幌が古くなれば縮んでしまい元に戻すにはかなりの力が必要で、時には窓ガラス代わりの透明のビニールが割れてしまうこともある。オープンにするにはリスクをともっているクルマでもあるのだ。

 そのためか、だんだんとオープンにするのが億劫になり、なぜ幌のクルマに乗っているか自分でも分からなくなることが多いクルマでもある。
オープンにした三菱ジープと
 しかし、たとえ外さなくても、幌という布きれ一枚だけで外界と遮られているため、冬なら冬らしく寒く、夏なら夏らしく暑い。自ら排気ガスを出していて何だが、他車の排気ガスの臭いも分かるし、草原での草の臭い、風の香りも分かる。地球環境が体感できることになる。それがまた幌の三菱ジープの魅力でもあるのだ。

 でも、そんなことはたんなる気の迷いだと思い始めたり、家族が出来たからこのままではイケナイと少々真面目な思いが頭をよぎってしまうのも人生だ。そうなると、選択肢に屋根壁のある三菱ジープが登場してくることになる。
 かくいう私も子どもができたことで、幌の三菱ジープから屋根壁のある三菱ジープに乗り換えたのだ。

  一口に三菱ジープと言っても、ホイールベースの違いから3つのタイプに大別ができる。
 自衛隊へ納入したJ3から派生したショート・ホイールベースの50系と呼ばれるタイプ。民間レジャーや山間部で人を運ぶために考えられたロング・ホイールベースで4枚ドアの30系。その中間でミドル・ホイールベース、2枚ドアの20系だ(結局、自衛隊に納入しているのはこのタイプになった)。

 50系は幌しかなく、20系には幌と屋根壁付きのパネルタイプがある。ロング・ホイールベースにも幌タイプがあるのだか、こちらは40系と型番が分かれており、複雑な“派閥”となっている。
 
 そのなかで私がファミリーカーとしたのが、J26Hという屋根壁付きのミッド・ホイールベースの三菱ジープだ。レトロな雰囲気もある30系も魅力だったが、その前に乗っていたJ58と取り替えてくれると友人がいたために、家族を雨から守るのに金銭の持ち出しがないと判断して乗り換えたクルマだった。

 20系は、中途半端な存在だったのが理由かもしれないが、三菱ジープの中でもマイナー存在で乗っている人は少ない。それでもでも乗ってみると、意外と面白くファミリー向けのクルマでもあった。

三菱ジープJ26H クーラーがないのはどうしようもなかったが、ドアには三角窓があり、フロントウインドウ下と足元には蹴り出し式の小窓があるため、走行していれば風がふんだんに入り込み、夏の暑さでもなんとかしのげる涼を感じることができた。クーラーの冷えひえ感とは別次元の気持ちの良さを感じることができたのだ。

 ただし、走行していれば、が前提なので、止まってしまえば風は入らず灼熱地獄となってしまう。そのため、絶対に渋滞にははまらないように最新の注意と戦略で走ることが必要となり頭も使うクルマだった。

 そしてなにより、コラムシフトでフロントシートがベンチ式というインテリアは、子ども1人と夫婦というファミリーにとっては、3人が並んで座ることができるのが何よりも素晴しいクルマだったのだ。
 最近ではホンダに前席が3人座れるタイプがあるが、忘れ去られたようなこのようなジープでも同じように家族の絆を深めることができていたことになる。後席が向かい合わせで、横に並んで座れないという難点もあるが、家族にとっては微笑ましいレイアウトでもあったのだ。
 
 今、写真を眺めていると『3丁目の夕日』的な味わいがあり、最近はやりの昭和が良かったかなぁ的な思い出話しに思えてしまうかもしれなが、J26Hに乗っていたのは、ちゃんとした平成のときの話し。当時、さして収入はないものの、パワステ、パワーウインド、クーラー(エアコンだろうけど)、屋根壁付きの乗用車を買うことはできたと思うが、あえて、自虐的に楽しめるクルマに乗っていたのは、なぜだろうと思う。

 林道やオフロードを走りたいとの目的があったのが最大の理由だが、性能ではない乗っていることの楽しさ、所有していることの喜びがあったのも大きな理由だったと思う。男の道楽とでも言えばいいのだろうか。

 そんなクルマが最近にはないのも困ったものだが、今、もう一度乗れと言われると、躊躇する気持ちがあるのは、甘い蜜をすってしまった“大人”になってしまったからだろうか。
 次のクルマを考えると、“大人”の気持ちとかつて青春リバイバル的な気持ちとの葛藤に揺れてしまう昨今だ。






この記事のトラックバックURL: