週末の隠れ家、フォルクスワーゲンT−3ヴァナゴン・ウェスティ
オフィスから帰ったらすぐに海に向かおう。今週もいささか自分に無理をさせすぎた。そう決めた朝、いつもよりも少し早く起きてシーカヤックとパドリングギアを愛機、T-3ウェスティに積みこんだ。

週末のつかの間のMy Roomは、自由を感じられる場所に置きたい。
そして定時早々にオフィスをうまく抜け出ると、わき目もふらずに家に駆け込んだ。そして家族に「いつもの海に行く」、と簡単に告げると、北の海岸で拾った立派な鹿の角にかけてある、キーをひょいと摘み上げるとポケットに押し込んだ。
家から少し離れている駐車場に向かう。身体はくたくたに疲れていたのだが、心は不思議に高揚していた。鉄板の扉を開けると、フロントのタイヤハウスの上にあるコックピットによじ登るようにして座る。そしてキーをゆっくりと差し込む。
すると、タ〜リ〜ラ〜タ〜リ〜ラ〜…。
ちょっと拍子抜けな音が響いた。キーの抜き忘れ警告音なのだろうが、質実剛健という熟語そのもののようなこの車にはあまりに似合わない。
まあ見た目やイメージと実際とのギャップには、何回も痛い目を見てきた車だ。…そしてドアはペンッと軽い音で閉まった。
キーを入れて回すが一回ONのところで止める。実はこれがとても大事な儀式。
燃料ポンプを回してガソリンを最後方のエンジンまで送りこまれる時間を作るのである。
そしてイグニッション。
数回セルが回るだけでエンジンはかかった。ドロドロとくぐもった音が後ろから聞こえてくる。排気量の差なのか水冷なのか、バグ(虫)と呼ばれる空冷のフォルクスワーゲンのエンジン音よりも湿った重い音だ。もちろん、他の車では味わうことができないエグゾーストノイズ(ミュージック)である。
しばらくコックピットに身をうずめて静かにエンジン音を聴く。
聞く、ではない。聴く、なのだ。
いつもと違った音は出ていないか、エンジンの回転は安定しているか、愛機の調子を探るのだ。下に振り切った水温計の針がピクリと動き始める頃、ようやくこの確認作業は終わる。
足をブレーキペダルにしっかり載せると、フロアから突き出しているシフトレバーをゆっくりと掴み、おもむろにDレンジに入れる。そしてサイドブレーキをゆっくりと、確実に外す。
ペダルを踏む力を緩めると、2トンを超える車体がゆっくりと動き出した。狭い路地を抜けていく。大きそうに見える車体も幅が少々広い(18mm)だけだし、何よりも狭いホイールベースは見た目以上の小さい回転半径なのだ。






