愛車

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2008/01/05

メイド・イン・USA「コルベット」

1953年から造られている、アメリカ製スポーツカー「コルベット」

第二次世界大戦に参戦し、ヨーロッパで戦ったアメリカ兵の見たものは、伝統ある街並の中を颯爽と走る、「MG」や「アルファ・ロメオ」といったカッコ良い「スポーツカー」達だった。

やがて終戦。戦勝国となったアメリカは好景気に沸いた。
かつてヨーロッパで戦った若者達にもゆとりが生まれ、あのカッコ良かった「スポーツカー」が忘れられず、求めるようになった。
逆に、イギリスやイタリアのスポーツカーは、アメリカに活路を見出した。

こうして、アメリカ、特に西海岸はヨーロッパ製スポーツカーの天国となっていきます。


こうした流れにいち早く気づき、「国産」のスポーツカー開発に着手したのが「GM」のシボレーでした。
保守的な大会社、GMですが、「国産スポーツカー」誕生の裏には、熱き「男達」の情熱があったのです。

通常、スポーツカーは小規模メーカーか、一人の男の情熱で生まれることが多い中、GMのような「大組織」から生まれることはレア・ケースなのです。

1952年、当時アート部門にいたハーレイ・アール氏が、GMの社長に直談判してプロジェクトをスタートします。
「コルベットの父」といわれる所以です。
そして、多くの情熱あるスタッフに支えられて今日にまで至っているのです。
中には、後のGMの社長にまでなったエド・コール氏もいます。

発表当時は他車のコンポーネントを流用したため、「狼の皮をかぶった羊」と揶揄されたりもしました。
それはカッコだけで、性能、特に操縦性があまり高くなかったからです。
当然、トランスミッションもオートマティックでした。
それでも、フツーの人々には立派な「ヨーロピアン・ムード」あふれる「スポーツカー」に映ったに違いありません。

クルマは、70年代ぐらいまでは「お国柄」が非常に大きく反映された商品でしたから、それぞれ、その「個性」も際立っていました。

アメリカのクルマは大きく、乗り心地がソフトで、すべてが軽い操作の、安楽な方向をめざします。
パワー・ブレーキ、パワー・ハンドル、パワー・ウインドウ・・・「パワー」のつくものは全てアメリカから生まれます。
それは、老若男女、特におばあちゃんでも運転しなくてはならない、唯一の移動手段がクルマだからです。
小指一本でクルクルと楽に回るハンドルが要求されたのです。
道は基本的に真っ直ぐですから、乗り心地は「ふんわり」、逆に「コーナリング性能」はあまり求められなかったのです。





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