愛車

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2007/12/15

毒蛇「コブラ」の生みの親

英米混血のマッスル・カー、ACコブラは一人の男のロマンの結晶。

この「伝説のスポーツカー」を書くにあたり、題材をワールド・ワイドにちりばめたかったのですが、どうしても「スポーツカー」となるとイタリアとイギリスに集中してしまいます。
しかも、その裏に「熱き男のロマン」となるとなおさらです。

イタリアは分かるとしても、イギリスにスポーツカーが多いのは冷静に考えると不思議です。
しかも、気候が必ずしも適さない「オープン」モデルが多いのはなぜでしょう。
「男の旧車趣味」でもお話しましたが、恐らくイギリスの騎士・貴族には「男の美学」に裏打ちされた「自虐」趣味があったのではないか、と思うのです。

イタリア人とは別の、「男たるものは、こうでなくてはいけない」という、見た目のカッコ良さ、行動の美学があるのでは、と思うのです。

それは、下手をすると傍目からは「なに、やせ我慢してんだよっ!」ってことになってしまいます。

今でもそういわれて見てみると、イタリア製のスポーツカーには横に美女を乗せて、お金持ちがスポーツカーを演出小道具的に使っている人が多いような気がします。
翻って、スパルタンなイギリス製のスポーツカーでは、男一人で乗ってるパターンが圧倒的で、たまに乗せていても男の場合がほとんどです。
「女に、このクルマの良さが分かるもんか。」といった感じで・・・(詳しい女性の方いらしたら、ゴメンナサイ)

どちらも問題あるなーって感じですけど。
私はどんなクルマも運転すると楽しいので、どちらも甲乙付けがたくなってしまうのですが、特に旧いクルマは個性が強烈で一層楽しいのです。
そうなると、特に両極端が光ってくるのです。

それは、イギリスのスーパーセブンのように、走り以外の快適性をすべてそぎ落とした「ライトウエイト」か、近年のフェラーリ、アストンのようにパワーも何もかも備わった「超豪華・快適GT」的スポーツカーとなるのです。
スポーツカーは、もともと実用性を無視したクルマです。思いっきりの良さはそのまま「楽しさ」につながるのです。

さて、前置きが長くなってしまいましたが、今回は「コブラ」の話です。
登場人物はキャロル・シェルビーというアメリカ人です。

1923年、テキサスで生まれたキャロル・シェルビー氏は、米軍で飛行機のテスト・パイロットをしていましたが、退役後、テキサスに戻り。養鶏場を営んでいました。
そしてあるとき、友人に勧められて、一緒に自動車レースに出場します。
ここで、頭角をあらわした彼はレースの道に進みます。

言ってみれば「遅咲き」のレーシング・ドライバーです。
キャロル・シェルビーは、意外や、アメリカ人には少ない、F−1ドライバー経験者です。
表彰台こそ上がりませんでしたが、1958年から59年にかけてマセラッティ、アストン・マーティンのF−1をドライブしています。

また、その関係から59年にはアストン・マーティンDBR1でル・マンに出場、総合優勝します。
ところが翌年、予想だにしなかった心臓発作に襲われ、レーサーとしての道を絶たれてしまいます。
しかし、キャロル・シェルビーには以前から大きな野望がありました。
それは、「アメリカ製」のマシーンでル・マンに優勝することでした。

以前からアメリカには唯一のスポーツカー、「コルベット」がありましたが、当時のコルベットはどちらかというとヨーロピアン・テイストの「スポーツカーの雰囲気」を「アメリカでのみ」味わうクルマでした。

しかし、スポーツカーをゼロから開発するには莫大な時間とお金がかかることは、彼が一番知っていました。
また、レーサーの経験から、操縦性にはヨーロッパ車に一日の長があることも十分知っていました。
そこで彼は、ヨーロッパ製のクルマにアメリカ製の大きなV8エンジンを載せることを考えついたのです。





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